安倍晋三首相は初めて臨む主要国首脳会議(ハイリゲンダムサミット)で、地球温暖化対策などをテーマとする華やかな外交を演じている。だが、国内に目を転じれば、参院選(7月5日公示、同22日投開票)を前に、内閣支持率の急落という苦境にあえいでいる。これは、首相が率いる政府・与党が参院選の争点を定めきれず、野党側に争点設定を許してしまったことが招いた事態にほかならない。

「土俵」の設定

 民主党の菅直人代表代行は2日、都道府県連の幹部を集めた全国幹事長会議で、ここ数年間の国政選挙を振り返った。
 「2003年の衆院選は、わが党がマニフェスト(政権公約)選挙という土俵を作り、大きく議席を伸ばした。04年の参院選は岡田克也代表(当時)のもと、年金問題で自民党を超える議席を獲得、改選分だけ見れば与野党が逆転した。残念ながら2年前の衆院選は大きく敗北した」
 そのうえで菅氏は「どんな土俵で戦うのか。これが選挙の結果を左右する第1の要素だ」と語った。
 社会保険庁の年金記録紛失問題では、厚相経験者として、政府・与党から批判を浴びている菅氏だが、選挙に関するこの指摘は正論だ。争点を作った党が、選挙を制する最有力の足がかりを得る-というわけだ。民主党は国会で年金記録紛失問題を追及し、成功を収めつつある。
 小泉純一郎首相(当時)は05年の衆院選を、郵政民営化をめぐる「国民投票」とすることに成功、自民党が大勝した。当時、自民党幹事長代理として全国を遊説で駆けめぐったのが安倍首相だ。乾坤(けんこん)一擲(いってき)の勝負の始終を目の前で見ていたはずだ。

「郵政解散」の教訓

 05年の衆院選は、突然、郵政民営化が争点になったわけではない。郵政民営化に心から賛同する与党議員は少なく、小泉前首相は解散の1年前以上から与党内の反対勢力とつばぜり合いを演じてきた。その結果の「郵政解散」だったため、国民は争点化を受け入れやすかった。年金一元化などの民主党の主張はかき消えた。
 もとより参院選は政権選択選挙ではない。それでも、参議院の与野党の接近した議席数からみて、今夏の参院選は政権の消長にかかわると言われてきたはずだ。にもかかわらず、政府・与党は何を国民に問おうとしてきたのだろう。
 自民党は5日、参院選の公約(マニフェスト)をまとめた。事ここに至れば、この中で、民主党が攻撃する年金記録紛失問題の解決を前面に掲げざるを得なかったのは分かるが、これは選挙戦で好ましくない「言い訳選挙」のパータンだ。
 2010年の憲法改正の発議、地球温暖化対策、集団的自衛権の見直し、天下り規制のための公務員制度改革-なども並んだ。いずれも大事な問題だが、郵政民営化の時のような与党がひっくり返るほどの問題提起とはなっていない。公務員制度改革関連法案の扱いで首相と与党に軋轢(あつれき)があるが、国会運営をめぐる対立に過ぎないようにみえる。
 国民が心を動かされるのは、民の竈(かまど)から炊煙があがっているかを心配された古代の仁徳天皇の故事のように、為政者が国民の暮らしを真剣に心配していると実感した時か、国家国民のために政治生命をかけて難題に取り組むため、国民の助力を求めた時だろう。
 年金問題を争点化した民主党の主張は前者の部類に属すだろう。翻(ひるがえ)って、政府・与党は、安倍首相が政治生命を賭けて何かに取り組むとのメッセージを国民へ伝えているだろうか。それがなければ民主党に対し防戦を余儀なくされるだけだ。国民は参院選で、「国」と「暮らし」の未来をかけた真剣勝負が行われるのを望んでいる。
(政治部 榊原智)