久間章生(きゅうま・ふみお)防衛相(当時)が6月30日、米国による原子爆弾投下について「しょうがなかった」と発言しことが、世論や与野党の反発を呼び、安倍晋三(あべ・しんぞう)首相がかばったにもかかわらず、3日後に防衛相辞任に追い込まれた。原爆で多数の同胞の生命が奪われ、傷ついた人も多かったことを考えれば、久間氏への批判は理解できる。その一方で久間発言は、期せずして、被爆国でありながら、現代の核の脅威にはあまり真剣に備えていない、わが国のリーダーたちの姿を浮き彫りにもした。

ありえぬ急な核廃絶

 与野党の久間発言への批判は挙国一致の感があった。ただ、そうであるならなおさら、政府や与野党は、62年前の原爆投下問題に対するのと同様の熱意で、核の脅威から現代の日本国民の生命を守ることにも取り組むべきではないだろうか。
 核を上回る兵器が登場しない限り、核廃絶が急に行われるとは思えない。そのような状況の中で、政府は弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛(MD)システムの整備を進めている。
 重要な防衛策だが、撃墜率が100%近くになるとは考えられず、MD網がきちんとカバーする人口は、1億2000万人の国民のうちわずかだろう。1発でも撃ち漏らせば甚大な被害を及ぼす核搭載弾道ミサイルの攻撃に備えるには、MDシステムだけで十分ということはあり得ない。
 原爆によって1945(昭和20)年末までに広島では14万人、長崎では7万4000人が亡くなったとされる。現代の東京で同規模の核爆発があれば、被害はさらに大きくなり、もっと大規模の核であれば被害はそれだけ拡大する。
 だが、核爆発災害対策の権威、札幌医科大学の高田純教授(放射線防護学)は、広島、長崎の研究から、地下空間にいれば生存率が相当程度高まることを指摘している。広島では、爆心地から170メートルの建物の地下室にいた当時47歳の男性が、爆風や熱線、放射線から遮断され、ほぼ無傷で脱出し、80歳代の長命を保った例がある。

国民防護の態勢を

 すべての人を助けることはできないが、核が投下されればすべて終わり、でもないのだ。
 万一、中国やロシア、北朝鮮の核弾頭搭載の弾道ミサイルや核爆弾を積んだ航空機がわが国を攻撃してきたらどうするのか。政府は警報システムや避難所づくりなどの国民防護の態勢整備を行っていないも同然だ。与野党も関心を払っていない。
 核の脅威を語り、核廃絶を訴えるなら、それと並行して、自然災害に対すると同様、核攻撃の災禍(さいか)にも備えてしかるべきではないだろうか。
 巨額の予算をかけてMD整備を進めながら、核に備えた国民保護態勢をとらないのは矛盾も甚だしい。
 1日に行われた安倍首相と民主党の小沢一郎(おざわ・いちろう)代表の党首討論会では、久間発言をめぐる応酬はあったが、双方とも、最悪の事態に1人でも多くの国民の生命を救うための政策を語る場面はなかった。
 首相、小沢氏をはじめとする与野党議員、防衛、総務両省、自衛隊などの幹部は、この問題に取り組んでいないようだ。行動しないことが、久間氏に匹敵するほどの、国政、防衛に参画する者としての資質の欠如を示すものだと思わないのだろうか。
 とても不思議な国である。
(政治部 榊原智)