安倍晋三首相が率いる自民、公明両党は7月29日投開票の参院選で大敗を喫したが、首相はただちに続投を表明した。安倍政権はなお続くが、赤城徳彦(あかぎ・のりひこ)農水相が早くも辞任に追い込まれるなど道のりは険しい。有権者の多くが、安倍首相自身にレッドカードを突き付けたという苦い現実をかみしめ、民意に敏感にならなければ、失敗を繰り返すことになりかねない。

審判に抗(あらが)うリスク

 参院は、非改選議席も含め自民、公明両党の議席(103議席)よりも民主党単独の議席(109議席)が多くなった。
 これほどの敗北でも、首相は続投という茨(いばら)の道を選んだ。首相の政治路線を支持するか、しないかは別にして、続投に違和感をもつ有権者は多いだろう。参院選も含め国政選挙は、日常は被治者である一般有権者が、権力者に対して力を行使するほぼ唯一の機会だからだ。
 たしかに参院選は衆院選のような首相指名に直結する選挙ではない。その意味で政権選択選挙ではないが、一般の有権者にとってそれは「理屈」のうえの話だ。首相が「私と小沢氏(一郎民主党代表)のどちらが首相にふさわしいか国民に聞きたい」(7月11日)と語った整合性も問われるだけに、なおさらだ。
 大差で与野党を逆転させた民意を無視して居座るのか-との世論の不満、“反安倍の空気”が消えないリスクは残る。この空気を解消できなければ、安倍内閣どころか自民党自体が沈む可能性もある。
 首相退陣を求める民主党から「安倍続投は歓迎だ。与(くみ)しやすいから。小泉純一郎前首相の再登板は困る」(幹部)との本音が漏れるのはこのためだ。

なぜ自分かの説明を

 首相は7月30日、自民党本部で記者会見し、続投して取り組みたい課題を問われ、就任時に約束した政策を進めると断ったうえで、(1)教育再生(2)公務員制度改革(3)底上げ戦略による経済成長-の3点を挙げた。
 ただ、今の局面で必要なのは「なぜ首相が安倍晋三でなければならないのか」を、国民に納得してもらうことだ。にもかかわらず、記者会見で「戦後レジームからの脱却」など安倍カラーに属する話が、教育再生を除き、ほとんど出ることがなかった。
 「憲法を政党間で議論することがあまりできなかった。街頭でも詳しく話す時間はなかった。年金問題への対応を話すのが一番大切で、時間を割かなければならなかった」と首相が悔しがる場面はあったが、やりようはあったろう。これでは憲法問題を争点にできないわけだ。
 共産党は30日付の談話で「憲法改定を第1の争点に掲げた安倍内閣の挫折は、『戦後レジームからの脱却』をめざす“靖国派”の反動的な野望への痛打となった」と指摘した。
 だが参院選では、憲法改正や国家安全保障会議(NSC)創設、集団的自衛権の見直し、インテリジェンス機能の強化-など安倍カラーに属する政策は、国民に否定も肯定もされていない。皮肉な話だが、首相も自民党も教育再生を除き、これらを争点にしなかったからだ。
 公明党の太田昭宏代表は30日の党首会談で首相に「憲法も大事だが国民生活に直結する課題に焦点をあてるべきだ」と注文した。国民生活は大事だが、憲法問題をはじめとする安倍カラーをしまい込んだら、「なぜ安倍晋三なのか」を説明できず、自殺行為となる。
 首相は与野党逆転の参院を抱え、安倍カラーに基づく政策を掲げ、遂行できるのかどうか。ラクダが針の穴を通る方が易(やさ)しいかもしれない。
(政治部 榊原智)