田部康喜(ジャーナリスト)

 「災間社会」とは、歴史学者の磯田道史氏がとなえている。東日本大震災後の社会のありように対して「災後社会」と呼ばれてきたことに対して、歴史の光をあてる。

 列島に生きる私たちは、襲ってきた災害と次の災害までの時間を生きている。東日本大震災の犠牲者に対するレクイエム(鎮魂歌)を奏でながら、そこから教訓を読み取って、次の災害に備える準備をしなければならない。

「イメージする力は生き残る希望につながる」


岩手県大槌町江岸寺の墓誌には、命日の3月11日が
並んで刻まれ、大槌の海が映りこんだ=2014年3月
10日(鈴木健児撮影)
 NHKスペシャルは、東日本大震災によって引き起こされた社会の変動を示すビッグデータを積み重ねることによって、災間社会の課題を探り続けている。シリーズのFile.4「いのちの防災地図~巨大災害から生き延びるために~」(3月10日放映)である。

 次の巨大災害は、南海トラフ地震である。今後30年間に起きる可能性は60~70%と予測されている。震度7の地震が発生し、九州から東名阪に至る広範囲に、最大で34mの津波が襲う。地震直後から1週間で、避難者は東日本大震災の19倍に相当する950万人にも及ぶ。大阪で77万人、名古屋で37万人と推定されている。

 長年にわたって南海トラフ地震の脅威について警告してきた、高知大学の特任教授である岡村眞さんは次のように語る。

 「防災とは最悪の事態をイメージする力です」と。そして、ビッグデータの解析によって、新しい防災地図を作る必要性を力説する。「イメージする力は、次の災害で生き残る希望につながります」

 高知市の下知地区の防災地図づくりが実例である。

 この地区の住人は、1万6000人。1946年に発生した「昭和南海地震」の際には、1カ月間も水没した。南海トラフ地震では、地震発生から30分後に3~5mの津波が襲うと推定されている。避難のために指定されているビルは27棟。住民全員を避難させるのは難しい。

 岡村さんらは、1000種の情報を重ね合わせた地図をまず製作した。さらに、全国の10階以上の建物の情報の分析をしたうえで、下知地区の建物を改めて検証した。その結果は、最大5mの津波が地区を襲った場合でも、計60棟に避難すれば助かることがわかった。

 こうした新しい防災地図に基づいて、地区の住民が短時間に避難する戦略的な計画を立案しようとしている。

社会の制度までも変える力をもつ


 また、長い間にわたって地区が水没する可能性を踏まえて、住民が「疎開」する計画づくりも進んでいる。戦時中の米軍による空襲を逃れようとした疎開が、災間社会で蘇る。

 疎開先の選定にも、ビッグデータが使われた。土砂崩れなどで地区の周囲の道路が使えなくなる。しかし、1本は残る。その先の40㎞離れた仁淀川町が候補地である。地区の代表が、その町を訪れて宿泊先や日用品を取り扱っている店舗などを調べている。古い小売店に入って、塩や砂糖などの在庫をみて、「コンビニなどより災害には強い」とうなずく。

 東日本大震災の被災地では、巨大地震から1カ月の間に計724人が亡くなっている。いったんは避難して、命を失ったのはなぜなのか。水や医薬品、食糧などが被災地に十分に届かなかったのである。

 東洋大学教授の小嶌正稔さんは、震災前後の物流のビッグデータから、燃料の供給が十分でなかったことが大きな原因である、と指摘する。

 地震発生の翌日、トラックの動きは震災前の12.5%の水準まで落ちる。主要道路のガレキの撤去は、自衛隊や民間業者が中心となって進んだが、それでも貨物トラックの動きは回復しなかった。京都から宮城県を目指した、物資輸送のトラック運転手はいう。

 「予想もしなかった光景に直面した。ガソリンスタンドが閉鎖されていた」

 ガソリンを売りつくしてしまったスタンドが続出したのである。長距離トラックは、帰りの燃料のめどがたたないと前には進めない。ガソリンを輸送するタンクローリーは、実はガソリンが陸揚げされる港と、スタンドを往復するように効率的な狭い地域とコースを設定されている。仙台港と塩釜港の拠点が津波にやられると、震災地は深刻なガソリン不足に陥った。

 つまり、ガソリンの輸送路は、タンクローリーによる長距離輸送を前提としていなかったのである。しかも、震災地以外の地域には、余剰のガソリンが大量に存在した。システムが輸送を阻んだのである。そして、物資の輸送に滞りがでて、水や医療品などの不足によって、亡くなった被災者がいたと考えられている。

 政府がこうしたガソリンの輸送の問題について、震災地以外から長距離の輸送を指示したのは、3月17日になってからのことだ。

 東洋大の小嶌さんは、地域別にガソリンを備蓄するシステムを構築すべきだと、提言する。つまり、拠点港とガソリンスタンドを結ぶばかりではなく、災害に備えて、中国地方とか地域別に備蓄基地を整備する案である。

 ビッグデータは、社会の制度までも変える力がある、といわれる。

 政府は来月から、国の機関や会社のビッグデータを、地方自治体に送るシステムを開始する。

 東日本大震災を教訓として、災間社会のありようを示す、NHKスペシャルのこれからのシリーズにも期待したい。

たべ・こうき ジャーナリスト。福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員(経済、農業、社会保障担当)などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。メディア論、産業論、政策論など、幅広い分野で執筆、講演活動をしている。