なぜアメリカは接近したのか

 アメリカがキューバに急接近した理由として、オバマ大統領の功績作りという説がある。2016年にアメリカ大統領選挙を控え、民主党も成果を残さなければならない。世界はいま、スターバックスやマクドナルドなど、どの国にも同じ店が並び、食生活を始め、文化のあらゆる面が画一化されてしまっている。2014会計年度末の9月28日当時の段階で、スターバックスは世界65カ国に2万1千店舗を展開していた。アメリカはキューバに接近することで、資本主義の新たなフロンティアを開拓する狙いがあるのだろう。

 とは言えキューバ政府は革命以来、外国企業に(土地を含めた)不動産を所有することを認めていない。現地でヨーロッパ企業のホテルやレストランはちらほら見かけたものの、資本率は49%までであって、運営もキューバ政府と共同という形式をとっていた。キューバ政府が講じてきたこれらの政策は、依存を生みやすい交流を排除することで、支配⇔服従の関係から独立して国民経済を守ってきた。
UJC
キューバ共産主義青年同盟(UJC)による行進 

 一方、アメリカの力は政府の直接の介入によってではなく民間企業などの進出を通じて他国におよぶ。だからこそ、政府が新たなフロンティアを開拓することで利益を得るのは米国を拠点とする私営企業であって、これはオバマ大統領の功績、ひいては民主党が来年の選挙を有利に運ぶための戦略に繋がると言えよう。

 さらには、台頭する中国への抵抗も狙いの一つであると考えられる。キューバを走る車のなかに、フォードやシボレーといったアメリカ製の近代的な車は一台もなかった。あるのは、中国製と韓国製、もしくはヨーロッパの新型車であった。いかに中国の製品が安かろう悪かろうで語られるとはいえ、実際にハバナでの中国製車の氾濫や巨大な中国大使館を見ると、アメリカも安心はできないのだろう。

 国際政治学者として著名な高坂正堯氏は、名著『国際政治』のなかで権力闘争の変容についても述べた。つまり、「先の大戦後の権力政治は大きく変わり、それまでの権力闘争の目的は、より大きな領土を獲得することだったが、それはもはや今日の権力闘争の目的ではなく、今日の権力闘争の目的は、同じ政治原理を持つ国を広げることである」。この一節は冷戦下の社会主義諸国と自由主義諸国の対立のさなかに書かれたことであっても、それから半世紀を経た今、多少の状況は変わったが、今回のキューバをめぐる情勢にも当てはまる、普遍的な国際政治の枠組みを捉えた本質である。つまり、かつてに比べ社会主義国の肩身が狭くなったことは否めないが、国際社会を構成する各国家が、いかなる性質の国家であるかということは、国際社会のあり方に影響をおよぼす重要な要因である。

 1982年、アメリカはキューバをテロ支援国家に指定し、他国に制裁金を課してまで様々なかたちで経済封鎖をおこなってきた。キューバ経済は困窮し、外国物資を買う資金もなく、目抜き通りを一つ超えれば街はぼろぼろの状態が続いている。キューバ国民の不満が募っていることは想像に難くない。オバマ大統領を中心に展開される米キューバ関係には、今後も注目していきたいところである。

自由なき社会主義国

 成功した社会主義国のモデルとして、またかつてはアメリカの脅威として、その名を世界に轟かせたカリブに浮かぶ小さな島国。日本でも昨年からキューバ特集が多く組まれ、キューバの魅力として、キューバ国民がどんなに幸せな生活を送っているのか目にした方も少なくないであろう。しかし、海岸に沿って車を走らせると、あることに気がついた。

 キューバを愛した文豪家として知られるヘミングウェイは、広大な敷地をもつキューバの邸宅で一つの作品を書き上げた。のちにノーベル文学賞を授賞した『老人と海』である。年老いた漁師のサンチャゴが、カジキマグロを捕りに航海したときのことが描かれている。漁師たちのあくせく働く場面からは、船着場には無数の帆かけ舟がたまっているような情景を想像させられたものだが、どこを見渡しても舟の姿が見当たらない。これは一体どうしたことか。

 日本では、社会主義国でありながら幸福度の高い国として紹介されてきたキューバだが、日本でみる報道がすべて事実だと思ってはいけない。社会主義国を取材することはそう簡単なことではないからである。キューバは他国と比較しても取材ビザ(報道関係者が取材を目的として渡航する場合に取得しなければならないビザ)の取得が難しいことで知られている。なぜなら、キューバが社会主義国だからだ。完全なる社会主義国は世界に二カ国あり、一つは北朝鮮で、残りはここキューバである。当然、テレビやラジオ、新聞を含めてキューバのメディアはすべて国営であり、外国の報道機関が取材する際にはキューバのプレスセンターを介して行われる。キューバ政府は自分たちが伝えたいキューバしかみせようとしないし、外国メディアの側も事前に取材したい内容を伝えて、取材する場所をピンポイントで指定されるしくみになっている。さらに、報道機関が現地の人々にインタビューを試みても、彼らは胸の内を話そうとはしない。外国メディア側は確固たる根拠がなければ報道できないので実名入りのインタビューを成功させることが勝負となる一方で、 キューバ人としては、反政府的な内容で報道されてしまうとのちに報復されかねない恐怖心があるのだ。親しくなったキューバ人からこんな話を聞いた。「この国には自由がない。カストロがすべてを操っている。」、と。彼のお兄さんは9年前にアメリカに亡命したという。日本でみる報道がキューバの魅力に限定されるのは、つまりは言論統制の裏返しであることを我々は注意しなければならない。
亡命したお兄さんについて語ってくれたキューバ人男性と
 そんなこともあって、実のところ、毎年2万人のキューバ人が故郷と家族を捨て国外に逃亡していることは日本ではあまり知られていない。この舟数の少なさは、国民の国外逃亡を阻止するためにキューバ政府が舟の所有に規制をかけているためだった。

 私は、映画『スカーフェイス』で、米国に亡命したキューバの政治犯トニー・モンタナ役を演じるアル・パチーノを思い出す。映画序盤、米国に政治犯として亡命したはいいが、なかなか入国を認められないトニー。やがて彼はしびれを切らし、自分を取り押さえようとする米国人に社会主義国家キューバの惨状を吐露する場面がある。

  「お前はアカか?奴らの下では考える自由も感じる自由もない、まるでヒツジだよ。一日10時間、タダ働きの奉仕労働、ポリが街中に張り込んでて一挙一動を監視している。食い物は3食タコ、耳からタコが出る、クツはソ連製、履くと底が抜けて指が出る…ガマンできるか?なあ、俺はコソ泥なんかじゃねぇ。キューバの政治犯トニー・モンタナだ。カーター大統領の言う人権を認めて貰おうじゃないか!」

 これは少々行き過ぎた表現だとしても、キューバの人々の中にはやはり上記の呪詛を裏返しにしたような「自由の国アメリカへのあこがれ」というものがある。

キューバで生きるということ

 そんなキューバ人の国民性を感じた例がもうひとつある。

 キューバでは労働者は皆「公務員」という扱いになる。レストランの給支係でさえである。「公務員」と聞くと日本では安定した収入をイメージする人が多いだろう。しかし聞くところによると彼らの給料は配給を含めても一ヶ月と生活出来ない程の微々たるものである。ではどうやって食い繋いでいるのだろうか。
ハバナにある配給所

 ある日、ステーキを食べにレストランへ行った。焼き加減をミディアムレアと注文し待つことしばし。やがて給支が皿に盛り付けられた巨大な肉をニコニコしながら持ってくる。すると突然、わざとらしい大仰な素振りで「申し訳ありませんお客様!ミディアムレアと注文されていたのに、こちらの手違いでミディアムで肉に火を通してしまいました。こちらはお下げいたします。もうしばしお待ちを。」とこうくる。この下げられた肉が何処へ行くか…読者の皆様にはもうお分かりであると思う。これぞ「キューバ的人情」というやつだ。

 私達は社会主義国の国民と聞くと同情の念を持って見てしまうが、それもまた一つの偏見である。どんな状況でも人間は助けあいながらどっこい生きていくのである。葉巻を吹かし、アフロ・キューバンのリズムに耳を傾けながら高層ビルに遮られない雄大な空を眺めることは日本では出来ない。 彼らにも彼らなりの幸せがあるのだ。そこに優劣をつける権利は誰にも無い。


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