藤井厳喜(国際政治学者)

 米・キューバの国交正常化が急速に進んでいる。米国によるテロ支援指定国家が解除されれば、キューバはすぐにでも駐米キューバ大使を任命する意向である。2014年末、米国とキューバは国交正常化交渉の開始で合意したが、オバマ米大統領とキューバのカストロ国家評議会議長とが4月10日、パナマで会談して以来、交渉は急速に進展した。アメリカ国内では、キューバからの亡命者を中心に国交正常化に反対する声もあるが、キューバとの関係改善に関しては、これを単に左派オバマ政権の軟弱外交と片づけるわけにはいかない。今回の国交正常化の背後には、アメリカの国益を踏まえた深慮遠謀が存在しているようだ。

 第1に指摘したいのは、この国交正常化により、アメリカは第2のキューバ・ミサイル危機を回避したという点だ。昨年7月、習近平はキューバを訪問し、それ以来、両国は、中国の最新鋭のミサイル駆逐艦をキューバに常駐させる方向で準備を進めていた。キューバは2012年以来、中国海軍艦艇の派遣を依頼していたのである。米中両国間では、まさに新冷戦とも呼ぶべき緊張状態が生まれつつあるが、中国とすれば、アメリカの最も近くにある反米国家キューバに、ミサイル駆逐艦を常駐させるというのは、非常に大きな戦略的優位となるはずであった。ところが米中関係の進展に合わせ、キューバはこの一旦は合意した中国海軍艦艇のキューバ常駐を撤回した事が、5月下旬になって明らかになったのだ。謂わば、オバマ政権は第2のキューバ・ミサイル危機を事前に回避したのだ。第一次キューバ・ミサイル危機とは言うまでもなく1962年10月、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込もうとした時に生じた米ソ核戦争勃発の危機であった。

 アメリカ側の第2の狙いは、タックスヘイブン潰しである。アメリカはブッシュ・ジュニア政権以来、2つの目的の為にタックスヘイブン潰しを進めてきた。第1は、テロ資金を根絶する為である。テロの資金はアングラマネーであり、アングラマネーを根絶やしにする為にはタックスヘイブンを徹底して規制する必要がある。第2は、米国のみならず、先進国も途上国も悩んでいる税収不足の解消である。多国籍企業や一部の富裕層はタックスヘイブンを巧みに利用する事により、納税を回避してきた。極端な節税ないしは脱税である。先進国各国はOECDやG20の枠組みを生かしながら、こういった租税回避の動きを大胆に規制してきた。特に2008年のリーマンショック以降は、タックスヘイブンにおける巨額資金が世界の金融システムそのものを不安定化させる事もあり、その規制はあまりマスコミの表面に現れる事はなかったが、大胆に進展してきていた。

 代表的なタックスヘイブンとしてはスイスや英国のシティがあげられるが、このシティと連動してタックスヘイブンとしての機能を大胆に発揮してきたのがカリブ海に散在する英国海外領と旧英国領の独立国である。そしてこのカリブ海のタックスヘイブン・ネットワークの地理的中心に存在するのが、キューバであった。キューバはキューバ・ミサイル危機以来、かたくなに反米の砦を崩そうとしなかった。周辺のカリブ海諸国や英国海外領土と連動しながら、キューバは事実上、カリブ海タックスヘイブン・ネットワークの中心的役割を果たしていたのである。

 更に、この役割と表裏一体の関係にあるが、キューバは中南米の麻薬や覚せい剤がアメリカに流入する際の中継地点としても極めて重要であった。アメリカ側からすれば、キューバに対する経済制裁を解除する代わりに、タックスヘイブンとしての役割と麻薬中継基地としての役割を同時に放棄させる。これがアメリカの本音である。

 キューバ側も長年の経済制裁によって、国内経済は疲弊の極に達している。1950年代産のアメリカ製自動車が未だに走り回っている。近年、ベネズエラのチャベス大統領が元気であった頃は、同じ反米の同盟国という事で石油供給の支援も受けていたが、最早、それも不可能になった。国内は極端なモノ不足に陥っている。ベネズエラから支援を受ける以前、米ソ冷戦時代においては勿論、ソ連がキューバを支えていた。キューバは砂糖を輸出する代わりに、ソ連から貴重な石油を安価に輸入する事ができた。ソ連としては冷戦の最前線の基地であるキューバを経済的に支えていたのである。しかしソ連が崩壊してから、既に24年も経った。最後の反米同盟の盟友であったベネズエラのチャベス大統領も他界した。狡猾な中国外交にキューバの安全保障を頼り切る事はできないし、当の中国経済がバブル崩壊しつつある事は誰の目にも明らかである。革命の指導者フィデル・カストロも、その弟であるラウル・カストロ国家評議会議長も、中国の支援に頼る事は危険すぎると判断し、長年の感情的な確執を乗り越えて、アメリカと国交正常化する道を決断したのであろう。

 民主党のオバマ大統領は、国交正常化を行なうには、適切なパートナーである。米共和党内では、亡命キューバ人勢力がかなりの影響力を保持しており、共和党政権下では国交正常化はかなり難しくならざるを得ない。オバマ政権在任中に国交正常化を決断したのは、キューバの指導者にとっても極めて合理的な判断であったろう。

 米国の保守派内ではキューバとの国交正常化に反対する者も多いが、長期的に見れば両国間の国交正常化はアメリカの国益にも資するところが大であろう。オバマ政権にとっても数少ない外交上のレガシーとなるはずである。

 ちなみに、昭和天皇陛下が薨去された折、フィデル・カストロ国家評議会議長(当時)は、日本大使館を弔問に訪れた。キューバ国は半旗を長期間に渡って掲げ、哀悼の意を表した。フィデル・カストロは共産主義者である前に民族主義者である。キューバ問題をイデオロギー的な視点のみで見ることは間違っている。

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