小林成基(特定非営利活動法人 自転車活用推進研究会理事長)

 「苦肉の策」とは2年前に成立し、この6月1日に施行された自転車での悪質な違反を繰り返す者に講習を義務づける道交法改正のことだ。ネットなどでの書き込みでは「自転車の違反を厳罰化」といった書き込みが散見されるが、とても誤解が多い。わかりにくいルールに問題があるのだが、法体系の原則を無視してまで新たな手段を講じるしかない苦境も透けて見える。この改正がなぜ苦肉の策なのかを説明する前に、まず改正までの経緯と概要をおさらいしておこう。

 改正道路交通法が公布されたのは平成25年の6月14日。このとき、運転すると危険な病気を隠すと厳罰とか、ラウンドアバウト(環状交差点)の通行方法を決めるといった改正と一緒に、自転車に関する3つの条項が追加された。そのうち、ブレーキの効かない自転車の運転禁止と自転車が通行できる路側帯は道路左側のみという規定はその年の12月1日に施行されたが、悪質な違反を繰り返したら講習というルールは、どの違反を悪質とするかを政令で定めて充分周知するための期間が必要ということで、公布から施行まで2年を要した。

改正道交法の内容が書かれたパンフレットを配る水戸署員ら=5月26日午前、水戸市三の丸(桐原正道撮影)
 改正道路交通法ではどの行為が悪質かを、道路交通法施行令で定めることになっているので、警察庁は昨年暮れに案を公表し、パブリックコメントを求め、今年1月20日に14項目を閣議で決定した。そして、ほぼ半年後の今日から新ルールが施行され、これらの違反を3年間に2回繰り返すと、有料の講習を受けなければならず、受講しないと5万円以下の罰金刑を課せられることになった。

 なにがどうなるのか、具体的にシミュレートしてみよう。

 仮にあなたが自転車で赤信号を無視して、検挙されたとしよう。道路交通法第7条には「道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第一項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない」とされている。信号無視は、歩行者がやった場合は2万円以下の罰金、自転車を含む車両がやると3月以下の懲役又は5万円以下の罰金という立派な犯罪なので、あなたは検挙、つまり犯罪者として扱われる。まず本人特定ができる身分証の提示が求められるが、免許証やパスポート、顔写真入りの住民基本台帳カードなどを持っていないと、交番に連行され、誰かに引き取りに来てもらって氏名や住所を特定してもらわなくてはならなくなる。この本人特定が一番重要だ。適当に偽名や嘘の住所を書いたり、他人になりすませるような取り調べでは冤罪を生むきっかけになる。警察は軽微な違反には呼び止め、注意して「指導警告票」という、いわゆるイエローカードを渡している。昨年は全国で約173万枚! だが、これでは本人特定は行えない。一方、検挙された自転車は8070件に過ぎない。現場で多忙を極める警察官にとって、本人特定を伴う検挙を執行するのは大仕事である。

 さて検挙されたあなたが違反を認めて、反抗せず逃げたりしなければ、そこで、赤い紙に印刷された「交通切符」に署名捺印(拇印)して、帰ることが許される。この紙がいわゆる「赤キップ」。クルマの軽微な違反だと「青キップ」と呼ばれている反則金納付票をもらって行政処分で済むのだが、自転車には反則金制度がないから、道交法の罰則がそのまま適用される。クルマより自転車の方が罪が重いという不可解な状況は今回の改正でも変わらない。

 数日後に、呼び出し状が届き、指定された日時に指定された裁判所に出向くことになる。まず、警察の取り調べを受け、検察に送致され(と言ってもすぐ隣にあることが多い)、そこで起訴されるかどうか判定される。起訴されれば、またすぐ隣にある簡易裁判所で刑を言い渡されるのだが、初犯であればたいてい起訴猶予となって放免される。これで反省して、ルールを守るようになれば良いのだが、あなたはまたもや、つい急いで歩道を自転車で走っていて人混みがあったので、車道に飛び出し逆送し、またまた検挙。前回と同じことが繰り返されるのだが、3年以内に2回目となると指定された日に受講費5700円を支払って講習を受けなければならなくなる。講習をさぼると今度は起訴され罰金5万円以下が確定する。

 ここで法律に詳しい人はなにか変だな、と思うはずだ。閣議決定までした「悪質」違反14項目は、もともと道交法で罰則付きの違反行為である。本来なら、法律に従って検挙し、起訴して懲役なり罰金なり処罰すればいいのだが、実際には検挙されても起訴されることがほとんど無く、面倒な手続きさえ我慢して反省の色を見せていればなんのお咎めもない。となると、見つからなければ大丈夫、と赤信号を突破する勘違い自転車乗りが横行し、ちゃんと信号が変わるのを待っている善良な人たちまでが、それを真似しはじめ、交通事故は減っているのに自転車関連事故の減り方が小さい。事故を減らし、死者を半減させるという政府の目標を達成するにはとにかく自転車にルールを守らせるしかない。といっても、免許を持たず、道交法を読んだこともない人たちにルールを徹底するのは至難のワザだ。長年、自転車を歩行者の仲間扱いし、違反を見過ごし、罰則付きのルールを、守らなくても罰せられないマナーと言い換えてきたツケが回ってきたのである。