内海潤(特定非営利活動法人 自転車活用推進研究会事務局長)
 この6月1日から道路交通法が改正され、自転車の取り締まりが厳しくなる。ネット上には様々な憶測や情報が飛び交っているが、常日頃から自転車ルールを守って走って来た一部の自転車乗りからは歓迎する声が挙がっている。一方で「やはり車道を走るのは怖い」、「14項目の危険行為とは具体的に何か良く分からない」といった声も聞かれる。今回の法改正によって、3年間に2回摘発されると正味3時間に及ぶ講習を5,700円も払って受講しなくてはならなくなり、拒否すると5万円以下の罰金刑が課されて前科が付く。途中、休憩はあるもののテストが最初と最後で2回あり、寝て過ごせない。お金持ちで暇な人なら怖いもの見たさで行くかもしれないが、普通の人ならご勘弁を、と思うはずだ。

 従来、日本では自転車の通行空間を歩道上に整備し、現場の警察官達も歩道へ誘導して来た経緯があり、クルマのドライバーや当の自転車乗り達にも、歩道こそ自転車の居場所だと刷り込まれてきた。1960年代に始まった交通戦争の対策として1970年に自転車の歩道通行(但し徐行義務あり)が例外的に認められ、1978年には普通自転車という新しい概念が持ち込まれて、なしくずし的に歩道通行が定着化した。普通自転車とは、全長が1.9m以内、全幅が0.6m以内の自転車のことで、要するに歩道を通行できる自転車の規格である。併せてこの時「自転車及び歩行者専用」の青い標識も登場する。「自転車は歩道」の概念が定着する中で(但し徐行義務あり)の部分は忘れ去られて、いつの間にか歩道の暴君と化した。歩道上で追い抜かれることもないから後方を確認するミラーは不要となり、そればかりか、店頭にある自転車ラックで隣の自転車とぶつかるので完全に邪魔者扱い。ミラーも付けずに車道を走れば怖いのは当たり前だ。原付バイクは右側だけミラーの装着義務があるが、車道左側走行を徹底させるなら自転車にもミラーの装着を義務化すべき、といった声すらある。緊急避難的だったはずの歩道通行を常態化させたことで、ガラパゴス化した普通自転車という世界に類を見ない乗り物が歩行者をベルで脅かしながら縦横無尽に暴走しているのが現代の日本なのだ。

五輪に向けて設けられたロンドン市内の自転車専用道の案内標識=2012年1月17日
 一方でヨーロッパには自転車先進国が数多く存在する。では一体、どのような工夫をして先進国になり得たのだろうか? 1960年代以降、やはりヨーロッパでも交通戦争は起きた。ただし日本と違い、自転車を歩道へ逃がして歩行者と共存をはかるのではなく、ドライバーの教育と自転車の走行空間作りを長い時間かけて行ってきた。結果「車道は怖い」という声が出る一方、歩道通行を認めなかったので一時的に自転車の利用率は著しく下がることになる。ところが時間が経ってインフラが整備され、教育や広報が行き届き、自転車が安心して走れる環境が整ったら徐々に人々はまた自転車に乗るようになった。これまで日本では現場の躊躇もあり、自転車の違反を見て見ぬふりして取り締まって来なかったけれども、例えばドイツではベルリンの壁が倒壊される前から警察ではなく各都市が条例で自転車の違反内容と罰金を明文化し、厳格に取り締まって来た歴史がある。罰金は違反ごとに1,000円から2,000円程度と軽微だが積もれば大きな額になり、できれば払いたくないから市民はルールを守るようになった。日本で東京・千代田区が最初に歩きタバコに対して2,000円の科料を取り始め、それがその後に他区へと広がったように、ドイツでは地道な自転車のインフラ整備とドライバー教育に、実効性のある取り締まり制度を加えた三本柱がうまく機能して、やがて自転車先進国と呼ばれるようになったのだ。

 今回の法改正で従来からある罰則規定が変わった訳ではない。運用を変えて悪質な自転車運転者に講習を受けさせることができるようになっただけだ。今後は摘発すると手間をかけてでも本人特定をしてカウントする。この時点で大概の人は二度と摘発されないよう用心するだろう。それが今回の目的だ。警察とて日本中を前科者だらけにしたいと思っている訳ではない。これまで「信号機はクルマ用だから自転車は関係ないのよね」とばかり無視してきた人達に、「自転車も赤信号で停止しないと検挙されるかもしれない」と警戒させ、事故抑止効果を期待している訳だ。自転車を歩行者の延長として捉えていたなら、この機会にしっかりとルールを認識してもらいたい。そして日本人全体が今後ますます高齢化しても、安心して歩いて暮らせるまちづくりを実現させたい。

 今、世界中で自転車の活用が進んでいる。2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックでは、渋滞を尻目にシェアサイクルが大活躍した。各国のメディアクルー達は機材を抱えて自転車に飛び乗り、街中を素早く移動してチャンスを逃さず撮影できたと聞く。郊外とオフィス街とを自転車専用レーンで結ぶスーパー・サイクルハイウェイが縦横に走り、ボリス・ジョンソン市長は自転車で通勤する。クルマの停止線より前に設けられたバイクボックスには自転車がずらりと並び、先に出ない限りクルマは発進できない。ロンドンは自転車革命を起こしたが、東京は世界に追いつけるか。2020年まで、あと5年しかない。

うつみ・じゅん NPO法人 自転車活用推進研究会 事務局長。株式会社エクスゲート 代表取締役。東京サイクルデザイン専門学校の非常勤講師として次世代の自転車人を育てる一方、イベントや講演会などを通じて自転車の楽しさや正しい活用を訴える活動を続けている。テレビへの出演多数。共著書に「これが男の痩せ方だ!」がある。