山口浩(駒澤大グローバル・メディア・スタディーズ学部教授)

 改正道路交通法が6月1日施行された。中でも一部で注目されているのは、自転車への取り締まりの強化だ。一定の「危険行為」を繰り返す悪質な運転者に対し講習の受講を義務付けるとする部分は、厳密にいえばこれは法ではなく施行令に盛り込まれたものだが、法の運用にも当然影響があるだろう。これまで刑事罰にはそぐわないとして事実上見逃されてきた行為に対し、講習というかたちで事実上の負荷を課す今回の対応が、自転車の運転者に対してより積極的な取り締まり姿勢で臨もうという意志のあらわれであろうことはいうまでもない。
 こうした動きの背景には、自転車の加害者としての側面に注目が集まっているという現状がある。これまでもっぱら、対自動車の事故における「交通弱者」として関心の対象となってきた自転車だが、対歩行者の事故では多くの場合加害者となる「交通強者」としての顔も持っている。もちろん実際には、統計でみる限り、自転車事故の8割以上は対自動車事故であり、対歩行者事故はほんのわずかしかない。全体としてみれば、自転車は依然として「交通弱者」の側だ。その意味で、一部の自転車運転者などから、過剰あるいは不当な規制強化だとの声が出るのもわからなくはない。

一般社団法人日本損害保険協会『知っていますか 自転車の事故~安全な乗り方と事故への備え~』

http://www.sonpo.or.jp/protection/jitensya/pdf/jitensya/jitensya.pdf


 しかし近年、自転車が加害者となる事故が増加傾向にあるのは事実であり、中には重大事故に発展して高額の損害賠償を求められるケースも出てきている。子供など若年者の事故が多いのも懸念材料だ。加えて、事故までは至らなくとも、路上で歩行者や自動車の運転者が、自転車の傍若無人な運転によりヒヤッとさせられるケースが少なからずあることは否定できない。こうしたことから自転車への不満が積み重なり、もっと自転車に関するルールを強化すべきだという声が高まっていったのかもしれない。

国民生活センター「自転車の事故 その被害の現状と対策」(2013年7月)

http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201307_16.pdf

日本経済新聞「自転車事故で高額賠償 保険で万が一の備え」(2014年3月12日)

http://www.nikkei.com/money/features/77.aspx?g=DGXDZO6790290007032014W04001

内閣府『平成22年度 自転車交通の総合的な安全性向上策に関する調査報告書』(参考資料編)「3 事故・ヒヤリハット経験」

http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/ref/2-3.pdf


 規制強化に異論を唱える一部の自転車運転者と一般との意識の差には、おそらく、自転車運転者の多様性に起因する部分がある。いうまでもないが、自転車は道路交通法上「軽車両」にあたり、(幼児が乗るもの以外は)歩行者とは異なる法的な取扱いがなされるが、実際に取り締まりの対象となることは少ない。そのせいか、自転車運転者の中で、交通ルールをきちんと守っているのはむしろ少数派といってよいのではないか。実際、自転車事故による死傷者の過半数には何らかの法令違反がある。街中を走り回る自転車を見ている実感からいえば、自転車運転者全体でみてもその割合は大きくは変わらないのではないかと思う。ルール自体を知らない者も少なくないだろう。

警察庁「平成25年中の交通事故の発生状況」(2014年2月)

http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Pdfdl.do?sinfid=000023626210


 自転車事故発生状況を分析した以下の論文では、このような状況を「自転車には自らを歩行者と認識するものと、自らを軽車両と認識するものに区分することができ、(中略)多種多様な通行挙動を示す」と指摘している(武田圭介・金子正洋・松本幸司「自転車事故発生状況の分析と事故防止のための交差点設計方法の検討」土木計画学研究・講演集vol.38、2008年)。もちろん、「軽車両」としての交通ルールをきちんと守って通行する自転車運転者もいるが、赤信号で止まらず平気で信号無視をする人、当然のように歩道を通行し、歩行者に向かって「邪魔だ」とばかりにベルを鳴らす人もいる。自動車に匹敵する速度で走るものもあれば、歩行者並の速度で走るものもある。自転車はどのようなふるまいをするか予想がつきにくいために、実際以上に危険ないし迷惑な存在として意識されてしまうように思われる。

 そのような状況を少しでも改めようというのが今回の改正の趣旨なのであろう。講習によって守るべきルールについての啓蒙をはかるだけでなく、講習を受けなければならないという負担自体が実質的なペナルティとして機能し、自転車運転者の行動変容を促すというわけだ。それ自体は、必ずしも悪い方向性ではないように思われる。