東光宏(関東交通犯罪遺族の会[あいの会]副代表)


突然の悲劇


 6月1日から道路交通法が改正されます。自転車の悪質運転を対象にしたものですが、私は自転車が加害者の交通遺族として、もっと本質からの議論が必要だと感じています。

 私は5年前、自転車に乗った加害者に母の命を奪われました。

 東日本大震災の前年の1月、買い物途中だった母は、青になった横断歩道を渡ろうとしたところ、信号無視で突っ込んできた自転車に打ち倒されました。加害者は当時42歳の会社員でした。母はそのまま入院し、深夜に意識不明の重体になりました。

 既に結婚して別居していた一人息子の私が、父からその事実を知らされたのは、その後でした。両親が私に心配をかけないように黙っていたのです。知らせを聞いて、妻と一緒にあわてて病院に駆けつけると母は手術中でした。手術は朝までかかりました。まだ真冬で、暗くて寒い控室の中、父と妻と私の3人でこごえていたのを今でも思い出します。

 それから私と妻は、会社を休んで、実家に泊まり込み、実家から連日病院に通い詰めました。なにも食べられない状態が続きました。病院にいても、ただ見守るだけで、ただ死にゆくのを見守るだけの悪夢の日々でした。

 そして着替えを取りに自宅に戻った途端、病院の看護師長さんから連絡が入りました。「今すぐ来られないかな!お母さん、もう駄目なんだよ!」そうせっぱつまった口調で言われました。慌てて病院に駆けつけましたが、結局母の死を看取ることはできませんでした。事件から5日後のことでした。
           東京地裁(東京・霞が関)

裁判で感じた怒り


 逮捕もされず、謝罪にも来ないままの加害者が起訴されたのは、それから半年以上経った8月、公判は10月でした。

 公判で加害者は、
 「スポーツ用自転車は下を向いているので斜め上の信号なんか見えなくても仕方ない」
 「自転車でぶつけて殺したのではなく、自転車にぶつかったあとに道路に頭を打ちつけて死んだんだ」
 と意味不明の主張をしてきました。

 また法廷で絶叫型の猿芝居まで演じてきました。

 弁護士「東様に今ここで謝りたいと思いますか?」
 加害者「はい!思います!」
 弁護士「では今ここで謝りますか?」
 加害者「はい!謝ります!東様!このたびはお母様を死なせてしまい!申し訳ございませんでしたあっ!!!」

 まさに猿芝居。

 弁護士とリハーサルを繰り返したのでしょう。その努力の跡がありありと残る、セリフ棒読みのお芝居でした。傍聴席からも失笑が漏れていました。
 
 しかし裁判官には当たり外れがあります。

 被害者遺族は、どういう裁判官に当たるか、バクチを強いられます。そして私はハズレクジを引きました。担当裁判官は、加害者の猿芝居を見て「反省している」と判決理由に書き、執行猶予を言い渡したのです。執行猶予を言い渡された瞬間、加害者はホーっと安心したように背中を丸め、裁判官に対して「ありがとうございます」とつぶやきました。私はつい「不満です!」と叫びました。すると裁判官は、敵意むき出しの表情で私を睨みつけ、「黙っていて下さい」と吐き捨てるように言いました。

 「黙っていて下さい」

 これが、裁判官が遺族にかけた唯一の言葉でした。

 判決文からも、私の訴えた内容は、最初からなかったことにされていました。

 だから私は、2人に母を殺されたと考えています。まず加害者に命を殺され、そして裁判官に尊厳を殺された。そう考えています。

 私の母を殺した加害者は、一度も謝罪に来ませんでした。法廷での加害者の言い分は「思いつかなかった」でした。そしていまに至るまで、加害者が謝罪に来たことは一度もありません。これからもないでしょう。刑務所に入らずにすみ、謝罪する演技の必要もない以上、面倒くさいだけということなのでしょう。

 反省の演技すらしない加害者。そんな加害者の明らかな茶番を見て、平然と執行猶予をつける裁判官。いまも何も変わりません。課題はまだまだたくさんあります。

 刑事公判で、私は被害者参加制度を利用しました。そして加害者の実刑判決を求めて、できることは全てしてきたつもりでした。しかし振り返ってみれば、ただ検事席に座らせてもらっただけ、ただ法廷でしゃべらせてもらっただけ、ただ単に遺族感情のガス抜きに利用されただけでした。被害者参加制度は、少なくとも私にとっては、ただの儀式でした。

 その後、民事訴訟もしましたが、ここでも驚くことがいくつもありました。多くの場合、民事訴訟になると、保険会社主導で、手のひらを反してきます。

 私の場合も、加害者はファンタジーのような主張をしてきました。

「入院中にベッドから転落して頭を打ったことが死因に違いない」

 これが民事訴訟における加害者側の主張のほぼすべてでした。

 本気でそんな判決が出ると思っていたのか、苦しまぎれなだけだったのか、真相はわかりません。しかし故人と遺族を侮辱する話です。あらためて激しい怒りを感じました。

 ただこうして手のひらを返した加害者を見て思うのは、執行猶予付き判決というものが、いかに無意味なものかということです。こうなっても裁判官が判断ミスを問われることはないわけです。たまたま良い裁判官に当たればいいのですが、そうでない場合、被害者遺族は二重三重の苦しみを味わいます。
いまもニュースを見ていて、やりきれない感情に襲われる時があります。

「・・・で逮捕されました」
「・・・に実刑判決が下されました」

 この2つが出ると必ず反応してしまいます。特につまらない事件でこの言葉を聞くと、交通犠牲者の命の軽さを思わずにはいられないのです。「こんなくだらないことで逮捕者や実刑が出ている。母の命は一体何だったんだ」と感じてしまいます。

 ちなみに私は「交通事故」ではなく、「交通犯罪」という言葉を使います。ここでもそうします。守るべき注意義務を怠り、尊い人の命を奪う以上、それは明らかな犯罪だからです。

 その上で述べると、自転車での交通犯罪の場合、車の場合といくつか異なる点があります。

 まず重過失致死傷罪で裁かれることです。車の場合、自動車運転過失致死傷罪、悪質な場合は危険運転致死傷罪で裁かれます。しかし重過失致死傷罪だと懲役5年が最高刑です。車の場合は7年です。いまでも多くの交通遺族は、加害者の軽い刑に泣かされていますが、加害者が自転車だと、遺族はもっと軽い刑に泣かされます。

 そしてひき逃げが容易なこともあります。自転車でひき逃げをされた場合、まず犯人は捕まりません。

 補償問題も考えなければなりません。私の母の命を奪った加害者は、たまたま自宅の火災保険に対人特約がついていました。しかし実際は、個人での賠償となるケースが多く、そうなると結局支払えないという理由で、加害者の逃げ得になっている現実があります。