2012年4月、勝手にイランを訪問して国営テレビに利用され、「『イランことをやってきた』といわれるが、そうではない」と嘯(うそぶ)いたのは鳩山由紀夫元首相(67)だった。首相を退いた後、外交担当の民主党最高顧問だったときの出来事だ。鳩山氏にその自覚はないだろうが、歴史に名を残そうとした指導者が「イランこと」をする例は枚挙にいとまがない。米国では2期目の中間選挙が終わった後の大統領がその魔力にひかれるようだ。

関与を選んだオバマ氏


 11月の中間選挙で与党・民主党が大敗したバラク・オバマ米大統領(53)は、中国との温室効果ガスの削減合意、大統領令による移民制度改革の実施など共和党が嫌う政策を連発した。キューバとの国交正常化交渉の開始を表明したのは、挑発の最たるものといえる。

 「米国の政策変更が一夜でキューバ社会に変革をもたらすとは期待していない。しかし、関与政策を通じてこそ、キューバ国民が『21世紀』へ動き出す助けになると確信している」

 17日、政策変更を表明したオバマ氏はこう述べた。

 米国は1982年、共和党のレーガン政権下でキューバをテロ支援国家に指定。キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長(88)、ラウル・カストロ国家評議会議長(83)の兄弟による共産主義体制の人権侵害を問題視し、孤立化を図ってきた。こうした「封じ込め政策」には、キューバでの圧政を逃れて亡命してきたキューバ系の支持があったが、若年層では国交正常化を支持する意見が強くなっている。

 また、キューバとの国交正常化で反米色の強いベネズエラやボリビアとの間に楔(くさび)を打ち込むことは、かげりを見せる中南米での米国の影響力を強めることにもなる。中米では中国資本がパナマ運河と競合するニカラグア運河の建設に着工。中国やロシアに「裏庭」を荒らされるのを防ぐため、オバマ氏はキューバへの「関与」を選んだ。

長広舌の応酬


 オバマ氏によると、61年に断絶した国交の正常化に向けた歴史的な16日の電話協議は、両首脳のこんな応酬で始まった。

 オバマ氏「長い時間、話したことをおわびします」
3月30日、キューバ・ハバナで、ベネズエラからの訪問団の一員と話をするフィデル・カストロ前国家評議会議長(左)(ロイター=共同)

 ラウル・カストロ氏「気にしないでください、大統領閣下。あなたはまだ若いから、フィデルの記録を破る機会がありますよ。彼は7時間ぶっ続けで話したことがあるんです」

 オバマ氏が15分間の冒頭発言を「長い」と謝罪した後、カストロ氏は30分にわたって話し続けたという。

 米国は冷戦期に何度もフィデル・カストロ氏の暗殺を企ててきたが、高齢なカストロ兄弟が退いた後のキューバをにらみ、軟着陸シナリオを描いているとみられる。政治的、経済的な結び付きを強めることで「ポスト・カストロ体制」が極端な反米に動くのを防ぎ、長期的な体制変革を促すというわけだ。

 ただ、カストロ氏は電話協議後の20日、国会に当たる人民権力全国会議で「われわれは米国に政治体制の変更を求めてこなかった。米国にもわれわれの政治体制を尊重するように求めていく」と述べ、共産主義体制を堅持する考えを示した。

急場しのぎは禍根


 オバマ氏の軟着陸シナリオに関し、米国の中南米政策に詳しい米ヘリテージ財団のアナ・キンタナ研究員はキューバの国有企業の8割が軍の管理下にあることを挙げ、「キューバ国民ではなく、体制を軟着陸させるものだ」と批判する。

 軍の下で最も利益を上げているのは観光産業だという。国交正常化で米国の旅行客が増えても、軍をはじめカストロ体制の懐が潤うだけというわけだ。

 与党がほぼ議席を減らす2期目の中間選挙後、大統領は内政の停滞を上回る得点を、大統領権限で進めやすい外交で上げようとする。オバマ氏も例外ではない。過去十数年で、そこから最も多くの利益を得てきたのは北朝鮮だ。

 クリントン政権末期の2000年10月には現職閣僚として初めてマデレーン・オルブライト国務長官(当時)が訪朝し、金正日(キム・ジョンイル)総書記(当時)と会談した。北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだブッシュ政権も融和政策に転じ、08年10月にテロ支援国家の指定を解除。北朝鮮はその間も着々と核・ミサイル開発を進めた。

 キューバを出港した北朝鮮籍の貨物船から無申告の戦闘機やミサイル部品などが見つかったのは昨年7月のことだ。オバマ氏が残り2年の任期での実績に焦り、急場しのぎでキューバへのテロ支援国家指定を安易に解除すれば、禍根を残すことになる。

(ワシントン支局 加納宏幸)

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