松原渓(スポーツライター、キャスター)

 「10番 澤、穂希」

 5月1日に日本サッカー協会で行われたカナダW杯メンバー発表会見。

なでしこジャパン、カナダW杯メンバー発表で澤穂希の名前を読み上げる佐々木則夫監督=5月1日(撮影・山田俊介)
 佐々木則夫監督の口からその名前が力強く発せられると、カメラのフラッシュ音が一段と大きくなった。

 澤の代表選出は、昨年5月の女子アジア杯以来約1年ぶり。

「また青のユニフォームを着たい、また日の丸を背負って戦いたいという気持ちで、日々のトレーニングに励んでいました」(澤)

 試合に出れば、男女を通じて世界初のW杯6大会連続出場の偉業達成となる。W杯連覇に不可欠なパズルのラストピースが、はまった。

「影響力」


 佐々木監督は澤を選考した理由について「パフォーマンス(の高さ)、90分間の集中力、そして、チーム内でも誰よりも身体を張ってスライディングも多い」ことを挙げた。実際、澤は今季リーグで良いパフォーマンスを見せており、表情からも心身ともに充実している様子が見て取れる。リーグで首位を走るINAC神戸レオネッサで攻守の舵を取り、4月にはリーグ最年長ゴール記録も更新した。

 24日と28日に行われたW杯前の壮行試合では、澤復帰の効果が早速現れた。24日のニュージーランド戦ではフル出場で攻守を牽引し、決勝ゴールも決める大活躍。28日のイタリア戦でも厳しい守備で相手の攻撃の芽を摘み、攻撃の起点になり続けた。また、他の選手もスライディングでボールを奪いに行くなど、チーム全体に意識の変化が見られた。トレーニング中、佐々木監督は澤がスライディングでボールを奪取するシーンを集めたビデオを全員に見せ、球際の強さを求めたという。FWの安藤梢もその姿に刺激を受けた一人だ。

 「澤さんは背中で見せている。球際や諦めずに走るところなど、しっかり戦う姿勢を見せていきたい」

 プレーで周囲を鼓舞する、その影響力は絶大だ。

「リーダーシップ」


「苦しい時は、私の背中を見て」

 澤の代名詞ともなったこの言葉は、2008年北京五輪の3位決定戦前のロッカールームで生まれた。この試合で日本はドイツに敗れてメダルには手が届かなかったが、澤と共に140試合近くを戦ってきた宮間あやは「最後の一秒まで澤さんの背中を見て走りました」と話している。多くを語らず、プレーで示す。澤のリーダーシップはこの言葉に凝縮されている。

 惜しみなく身体を張って戦い、チームを奮い立たせる―エピソードを挙げれば枚挙に暇がない。04年4月、アテネ五輪アジア予選準決勝の北朝鮮戦も語り継がれる一戦だ。2大会ぶりの五輪出場がかかったこの試合に、澤は右膝半月板損傷を抱えながら強行出場した。ところが、普通なら立っているだけでも辛い状況の中、キックオフ直後に北朝鮮のエースをタックルで吹っ飛ばし、ボールを奪ったのだ。このプレーにチームは鼓舞され、それまで7連敗と圧倒的に負けていた北朝鮮を3-0で圧倒。アテネ行きのチケットを手にした。

 攻撃面では「常に大事な場面で点を取ってくれる」(解説者、元日本代表DFの矢野喬子氏)点も、エースたる所以だろう。研ぎすまされた”第六感”が、勝負所を見逃さない。11年のW杯決勝で、米国にリードを許していた延長後半、試合終了直前に劇的な同点ゴールを決め、日本中を興奮の渦に包んだ場面は記憶に新しい。

 このように自ら率先して結果を出す姿はサッカーのみならず、会社や組織でも理想のリーダーシップと言えるのではないだろうか。

 とはいえ、背中で見せる澤のリーダーシップはピッチに立ってこそ威力を発揮する。「控えのスーパーサブでも、澤がベンチにいればチームが一つになる」という安易な見方には賛成できない。