今年1月、省に昇格した防衛省は、今やどん底に落ちている。前向きな防衛政策は展開できず、2008年度予算案の編成では、安全保障に疎(うと)い財務省から容赦なく予算を削られている。だが、それ以上に深刻なのは、防衛省・自衛隊に、武力組織としての自覚が欠けていると思わざるを得ない出来事が見られることだ。福田康夫首相(71)は有識者による「防衛省改革会議」を設け、改革を目指しているが、事態の深刻さを理解しているだろうか。

相次ぐ失態

 海上自衛隊が灼熱(しゃくねつ)のインド洋で給油活動を続け、国益に貢献したことは、どんなに強調してもしすぎることはない。自衛隊の、イラク派遣など多くの国際協力、国内での日々の訓練、警備哨戒、災害派遣にも、頭の下がる思いがする。イージス艦「こんごう」が、ミサイル防衛(MD)システムの海上配備型迎撃ミサイル(SM3)の発射実験に成功したことは関係者の努力のたまものだ。
 だが一方で、信じがたいことも起きている。第1は、イージス艦をめぐる情報漏洩(ろうえい)事件だ。特別防衛秘密に指定された資料がいとも簡単に流出した。
 第2は、海自の補給燃料のイラク作戦転用疑惑が追及された際、防衛省が補給艦の航泊日誌を誤って廃棄した-と説明したことだ。真偽はさておき、艦船行動の基本中の基本文書を紛失して、武人、軍事組織として恥ずかしくないのか。たるんでいるどころか、士気や誇りが欠けていると思われても仕方がない。
 14日に横須賀で起きた第1護衛隊群旗艦のヘリコプター搭載護衛艦「しらね」の戦闘指揮所の火災もそうだ。船火事は世界の海軍が最も恥とするものだ。
 11月末には、中国海軍幹部のイージス艦見学を予定し、急遽(きゅうきょ)、補給艦へ視察先を変更したこともあった。
 周辺国は笑っている。精神面も含む立て直しが急務だ。

内局の存在意義は

 防衛省の文官組織である内部部局(内局)は、海自以上にひどいありさまだ。
 前防衛事務次官の守屋武昌容疑者の事件で、自浄能力を発揮できなかったのが内局だ。
 「防衛省改革会議」は、(1)文民統制の徹底(2)厳格な情報体制の確立(3)防衛調達の透明性の確保を検討している。
 今の内局のあり方に疑問を持つ石破茂防衛相は、11月20日の記者会見で「システムとして屋上屋を重ねるようなことがあるべきではない。今の体制がベストであるかは白紙的に議論されるべきだ」と述べるなど、“解答”を模索している。
 文民統制は本来、国会や内閣、首相・防衛相による統制を指す。欧米民主主義国に、日本のような制服組と対峙(たいじ)して「文官統制」に当たる内局は見あたらない。自衛隊には統合幕僚監部が生まれたが、内局運用企画局が、自衛隊の運用(オペレーション=作戦)の関門となっている。内局が合理的なシステムなのか、抜本的に討議してもいいはずだ。
 だが、内局出身の柳沢協二(きょうじ)官房副長官補(61)は今月17日の改革会議第2回会合で「(防衛省には)内局という官僚集団と制服の集団がいて、(制服は)それぞれ陸海空の気質が違う。組織の風通しをどう良くするかの観点から議論をお願いする」と述べた。今の内局の存在が大前提の問題提起であり、「白紙的な議論」は志向していないようだ。
 福田首相は11月28日、自衛隊高級幹部会同の際、栄誉礼・儀仗(ぎじょう)を拒否した。防衛省疑惑に腹を立てたにせよ、最高指揮官として「国軍」にこんな非礼を働くとは、首相や首相周辺は、統率の大切さに気づいていないのだろう。逆境にあるとはいえ、石破氏以下の幹部から反発の声が出ないのも、自衛隊が溶けつつある証左かもしれない。
(政治部 榊原智)