西尾幹二(評論家)


 中国主導によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に、英国を先頭に仏独伊など西欧各国の参加意思が表明され、世界50カ国以上にその輪が広がったことが、わが国に少なからぬ衝撃を与えたように見える。中国による先進7カ国(G7)の分断は表向き功を奏し、米国の力の衰退と日本の自動的な「従米」が情けないと騒ぎ立てる向きもある。

なぜ帝国主義台頭を許すのか


 もとより中央アジアからヨーロッパへ鉄道を敷き、東南アジアからインド洋を経てアフリカ大陸に至る海上ルートを開く中国の壮大な「一帯一路」計画は夢をかき立てるが、しかしそれが中国共産党に今必要な政治的経済的戦略構想であり、中華冊封体制の金融版にほかならぬことは、だれの目にもすぐに分かるような話ではある。

 中国は鉄鋼、セメント、建材、石油製品などの生産過剰で、巷(ちまた)に失業者が溢(あふ)れ、国内だけでは経済はもう回らない。粗鋼1トンが卵1個の値段にしかならないという。

 外へ膨張する欲求は習近平国家主席の「中華民族の偉大なる復興」のスローガンにも合致し、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする年来の野心に直結している。それはまた南シナ海、中東、中央アジアという軍事的要衝を押さえようとする露骨な拡張への動機をまる見えにしてもいる。

 それならなぜ、遅れてきたこのファシズム的帝国主義の台頭を世界は許し、手を貸すのだろうか。今まで論じられてきた論点に欠けている次の3点を指摘したい。
人民大会堂前で、隊列を組んで行進する武装警察隊員=北京

 計画の壮大さに目がくらみ、浮足立つ勢力に、実行可能なのかどうかを問うリアリズムが欠けている。中国の外貨準備高は2014年に4兆ドル近くに達しているが、以降急速に減少しているとみられている。中国の規律委員会が1兆ドル余は腐敗幹部により海外に持ち出されているとしているが、3兆7800億ドルが消えているとする報道もある。

策略にたけた欧州の狙い


 持ち出しだけではもちろんない。米国はカネのすべての移動を知っているだろう。日本の外貨準備高は中国の3分の1だが、カネを貸している側で対外純資産はプラスである。最近知られるところでは、中国政府は海外から猛烈に外貨を借りまくっている。どうやら底をつきかけているのである。

 AIIBは中国が他国のカネを当てにし、自国の欲望を満たそうとする謀略である。日米が参加すれば巨額を出す側になる。日本の場合、ばかばかしい程の額を供出する羽目になる可能性がある。安倍晋三政権が不参加を表明したのは理の当然である。

 第2に問われるべきは欧州諸国の参加の謎である。欧州はロシアには脅威を感じるが中国には感じない。強すぎるドルを抑制したいというのが欧州連合(EU)の一貫した政策だが、ユーロがドルへの対抗力となり得ないことが判明し、他に頼るべき術(すべ)もなく、人民元を利用しようとなったのだ。

 中国の力を味方につけて中露分断を図り、ロシアを少しでも抑制したいのが今の欧州の政治的欲求でもある。それは安倍政権がロシア接近を企て、それによって中国を牽制(けんせい)したいと考える政治的方向と相通じるであろう。欧州は経済的に日米から、政治的にロシアから圧力を受けていて、そこから絶えず自由になろうとしているのがすべての前提である。

日本の本当の隣国は米国だ


 それなら英国が率先したのはなぜか。英国が外交と情報力以外にない弱い国になったからである。英米はつねに利害の一致する兄弟国ではなく、1939年まで日本人も「英米可分」と考えていた。 第二次大戦もそれ以降も、英国は米国を利用してドイツとロシアを抑止する戦略国家だった。今また何か企(たくら)んでいる。中国はばか力があるように見えるが直接英国に危害を及ぼしそうにない。その中国を取り込み、操って政治的にロシアを牽制し、日本と米国の経済的パワーをそぐ。これは独仏も同じである。日本が大陸の大国と事を構えて手傷を負うのはむしろ望むところである。AIIBは仮にうまくいかなくても巨額は動く。欧州諸国の巧妙な策略である。

 第3に中国と韓国は果たして日本の隣国か、という疑問を述べておく。地理的には隣国でも歴史はそうはいえない。隣国と上手に和解したドイツを引き合いに日本を非難する向きに言っておくが、ドイツが戦後一貫して気にかけ、頭が上がらなかった相手はフランスだった。それが「マルクの忍耐」を生んでEU成立にこぎ着けた。

 それなら同様に戦後一貫して日本が気兼ねし、頭が上がらなかったのはどの国だったろうか。

 中国・韓国ではない。アメリカである。ドイツにとってのフランスは日本にとっては戦勝国アメリカである。日本にとっての中国・韓国はドイツにとってはロシアとポーランドである。その位置づけが至当である。こう考えれば、日米の隣国関係は独仏関係以上に成功を収めているので、日本にとって隣国との和解問題はもはや存在しないといってよいのである。

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