古田博司(筑波大学大学院教授)

 朝鮮半島の地政学的な位置と、民族の行動パターンを前提にすれば、次のようにコリアが辿(たど)った歴史をつなぐことができるだろう。

コリアとシナの隣国関係


 現代朝鮮の南北分断が史上初と思っている人がいるが、そうではない。1231年から約30年にわたるモンゴルの侵入で、多数の高麗人が満州の遼陽と瀋陽へと拉致されてコロニーを作り、北緯39度線以北に遼陽行省が置かれた。これが初の南北分断である。高麗人たちは、王侯貴族から民衆に至るまで双方に親戚をもち、自由交易をしたために、一次産品しか売るもののない高麗は12世紀からは国内銀に手を出し、14世紀後半には銀を掘りつくしてしまう。そして飢餓輸出の国になってしまった。

 コリアがシナに挑戦するより服従を選んだと思っている人がいるが、これもそうではない。古代先進技術国に極貧国が隣り合わせたというのが真実だ。シナとしては相手にならないから放っておく。攻める必要もない。コリアを攻めてくるのは決まって、満州から南下する北方民族か、海から上がってくる日本民族かのどちらかである。そしてまず土地が平坦(へいたん)で外敵を防ぐことのできない廊下のような地形の西側を攻略する。こうしないとシナとコリアで挟み撃ちにあうので先にコリアを占領した。

 コリアは極貧国なので、技術品や工芸品をつくることもできなかった。コリアの針では衣に穴が開いてしまうからシナの針を使った方がよい。朝鮮古典文学の特徴は「朝鮮の不在」だった。シナが舞台でシナ人が主人公、それで漢文ならばシナの古典文学を読んだ方が楽しい。だから文芸も発達しなかった。無理もない。隣が完成されすぎていた。満州の北方民族などは鋤(すき)や鎌すら作れない。シナに朝貢に行ったり、略奪すれば手に入るので作る気がなかった。

 シナの文明を恋い慕って朝貢に行くと思っている人がいるが、これもそうではない。高価なものをもらいに行くのである。ついでに都の宿泊所でシナ商人を呼んで買い物をする。あるいは町に出て市場で買い物する。朝貢とは物もらいとショッピングであり、そのために商人が200人とか300人で付いていく。

防衛経済選んだ李朝と北朝鮮


 さてここからが李朝である。李朝ではモンゴル時代の支配からコリアンはほとんどモンゴル人になってしまっていた。なにしろ第30代高麗国王のミスキャブドルジを毒殺したのが、第31代の高麗国王バヤンテムルなのだ。何が何やら分からぬモンゴル名の王は漢文では忠定王と恭愍王のことである。

 そして民衆も強制されることなく弁髪になってしまっていた。自由交易をすると格差のありすぎるコリアは飢餓輸出国になってしまうし、シナ地域の末端に経済的につながれて宗主国人に容易に同化されてしまう。李朝の開祖、李成桂の父がモンゴルの千戸長だったのと、朴槿恵大統領の父の朴正煕氏が満州国軍の将校、高木正雄だったのは相似なのである。

 モンゴルの政治的・経済的支配にこりた李朝では、まず国境を閉じて自由交易を禁じた。民間商業を抑圧し、特権商人だけに支配階級御用の商売を許した。自由経済をやめて防衛経済に転じたのだ。この特権商人たちが、対馬交易や朝貢ショッピングをするのである。これが現代の北朝鮮の39号室配下の貿易商社と相似なのだ。

 支配階級のためにクルーザーからお茶漬けまで買いつける。李朝の特権商人の方は北京の瑠璃廠(るりしょう)で硯(すずり)を買い、隆福寺の定期市で絹織物を買いつけたのであった。だが一方で民間は貧窮に閉ざされてしまう。李朝と北朝鮮は防衛経済を選んだがゆえに、巨大なシナ経済圏からは自立できたが、国は貧しく、このため朱子学と主体思想が、自律性を守る武器となった。

自由経済と自律性の並立


 逆に自由経済を選ぶと、巨大な宗主国経済の末端につながれて自律性を失う。高麗と日本統治時代がこれである。後者は幸い資本主義時代だったので、朝鮮に産業が生まれ、飢餓輸出は過去のものとなった。年平均3・7%の経済成長を遂げた。だがコリアンは日本人になってしまった。統治最後の5年間の皇民化政策であれほど同化されるわけがないのである。

 ここまでで、今の韓国がいかに特異か分かるだろう。自由経済と自律性を並立しているコリアは韓国以外にないのである。それを可能にしたのが38度線で島化し、地政学上の「行き止まりの廊下」から解放されたこと。第二点は、米韓相互防衛条約で軍事的に守られたこと。第三点は、日韓基本条約とその付随協定により、日本資産の返還請求から解放され有償無償の経済援助を得たことであった。

 その韓国で現在、反日が激化しているのはもっと自律性がほしいせいか。ならば、南北統一して防衛経済に入る以外に道はないのである。逆に自由経済が低調ならば、中国経済の末端に連なり同化されるという道があるが、中国人が嫌がるかもしれない。

 結局、偽史を正し、日米と歩む以外に韓国自律の道はないのだ。