憲法改正の機運は熟していないが、きたるべき改憲の季節に備え、改憲を目指す政党や議員が、今だからこそできることが1つある。与野党が衆院と参院でそれぞれ多数を占める「ねじれ国会」の経験を教訓にして、新しい国会の姿を憲法改正案に盛り込んでおくことだ。
 2005年の「自民党新憲法草案」における衆参両院の関係は、現憲法から何も変わっていないに等しい。当時の自民党新憲法起草委員会=委員長・森喜朗(よしろう)元首相(70)=が、参院自民党の反発を恐れて、両院の関係や一院制の是非について突っ込んだ議論を避けたからだ。
 ところが今は違う。「ねじれ国会」で最も苦しんでいる参院自民党は現状維持を主張することはできないだろう。自民党が「ねじれ」を嘆くのであれば、自民党憲法審議会=会長・中山太郎元外相(83)=や改憲派を名乗る自民党議員は「ねじれ」を解きほぐす改憲案作りに着手したらどうか。

「功」の側面

 逆説的だが「ねじれ国会」には罪と同時に功の部分もある。
 民主党が、ねじれ状態を利用して福田康夫首相(71)と与党に攻勢をかけていることを、ひたすら非難する向きもあるが、これは少々お門違いだ。
 政党にとって、憲法をはじめとする現行のルールは所与の条件だ。そこから生じた「ねじれ国会」で権力争奪、政争を繰り広げるのは当たり前で、単なる批判は、ネコにネズミを捕るなというたぐいの話になりかねない。
 民主党の小沢一郎代表(65)は3月25日の記者会見でこう語った。
《政治家もマスコミも官僚も去年の7月(参院選)にどんな事態が生じたかの認識が欠落している。あれ以来、内閣は2院制で1院しか支配していない。1院は野党のコントロールにある。『ねじれだからけしからん』と言うのは国民への冒涜(ぼうとく)だ》
《このこと(=ねじれ)で国民に大変良い結果が出ている。長期政権の腐敗、歪(ひず)みや国民を無視した行政、政治のあり方が次々に明るみに出たのも、国民が多数を与えてくれた結果だ》
 民主党が、揮発油税の暫定税率廃止とともに要求した道路特定財源の一般財源化は、国民の多数から支持を集めた。あの小泉政権が目指して実現できなかった大改革だが、今や福田首相も、窮余の一策とはいえ同調するに至った。紆余(うよ)曲折はあろうが、いずれ実現するだろう。
 日本銀行総裁空席の事態を招いたのは困ったものだが、民主党の反対は、財務省の天下り構造と「首相」への影響力の強さを、白日の下にさらす効果はあった。
いずれも「ねじれ」なくしてあり得なかった話だ。「ねじれ」が、自民党では難しい改革を進める側面はある。

危機に備えよ

 政府・自民党は、「何が何だか分からない」(福田首相)と言って「ねじれ」を踏まえた戦術をとらなかった。“正面突撃”を重ね混乱しているが、老巧さを失ったことが「ねじれ」に匹敵する問題だと気づいた方がいい。
 ただ、これはあくまで今までの結果論でもある。極端に言えば、多少の混乱があっても、今のような平時なら日本は吸収できる。海上自衛隊のインド洋派遣も、日銀総裁人事も、ガソリン値下げ騒動も、いずれも大切だが、きわめて大きな混乱や国家秩序、社会生活が崩壊するほどの事態に至るものではない。たまたま今は可能な衆院の3分の2以上による再議決や衆院選、政界再編で攻防の決着をつければよい。
 一方、有事や恐慌級の経済危機など、本当に迅速な政治の意思決定が必要な場合には「ねじれ国会」では国家がもたない恐れはある。そんな危機が未来永劫(えいごう)ないと考えるのは、楽天的すぎる。
 今の民主党に、究極の改革ともいえる憲法改正案作りを期待するのはないものねだりだ。それに比べ、自民党が「ねじれ」に悩んでいる今は、憲法上の衆参両院の権限や関係、一院制の是非などを検討し、成案を得るちょうどいい機会だ。
(政治部 榊原智)