川口マーン惠美(作家、ドイツ・シュトゥットガルト在住)

《注目新刊『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』著者からのメッセージ》

日本にしか「九九」はない!?


 「6掛ける8は?」と聞かれたとき、頭の中で「ロクハ」と言わずに、48という答えを出すのは、やってみるとわかるが結構難しい。「12掛ける12」の場合なら、私たちも九九の語呂合わせなしに144と覚えるが、ドイツ人は、私たちが「シワ32」とか、「ハック72」とか、鼻歌交じりで出せる答えも、全て丸覚えしなくてはならない。

 最近は、電卓やレジスターが計算してくれるので、暗算をする機会が極端に減った。だから、私たち日本人も暗算は苦手になったが、それでも九九は小学校で覚えれば、たいてい一生忘れない。いつでも誰でも「ハッパ64」は取り出し可能だ。

 一方、何の手がかりもなしに丸暗記したものは、しばらく使わないと忘れてしまう。だからドイツでは、暗算ができない人が前にも増して多くなった。九九の効用は偉大である。これを発明した人は、すごいと思う。

 しかし、九九が苦手だからといって、ドイツ人を侮ってはいけない。ギムナジウム(日本でいう小学5年生から高校3年生までにあたる学校で、大学へ進学する人が行く)の高学年になると、たとえば歴史の試験では、設問は2つか3つ。そこから1つ選んで回答するのだが、「ビスマルクからヒトラーに至る政治の経緯を考察し、なぜ、そこからヒトラーのナチ党が台頭したか、その理由を説明せよ」などという本質的な問題が出る。

 これを、3時間から4時間の制限時間内で、自分の意見も組み入れた起承転結のある論文として仕上げなければならないのだから、知識だけでなく文章力も必要だ。というか、歴史全体を構造的に把握していないと、手も足も出ない。日本の高校生なら、たいてい音を上げるだろう。

 ドイツには大学入試がない。ギムナジウムの卒業試験に受かれば、自動的に大学の入学資格が得られる。ただ、この試験は結構難しいし、2度落ちれば一巻の終わりとなる。つまり、大学入試の難関はなくても、ドイツの学生は、違った意味ですごく鍛えられている。

 その彼らが日本に留学してびっくりするのは、重要な試験での三択や四択だ。

 ドイツでは、この形式は運転免許の試験以外には見かけない。ちなみに、ドイツでは大学の卒論の審査も、半端でないほど本格的だ。真面目に授業に出席さえしていればなんとか卒業できるという風習は存在しない。

学力格差がドイツの社会不安をもたらす


 ドイツも日本も、世界に冠たる技術大国だ。ドイツは、他の国がなかなか真似のできないほど完璧な戦車の砲身を作れるし、日本は、そのドイツが作れないほど素晴らしいターボエンジン用のタービンを作れる。世界市場では、両国は何かと似た者同士で、車やら工作機械など、競合する輸出品も多い。

 要するに、ドイツと日本は安価な物を大量生産して儲けている国でも、お金を右から左に動かして潤っている国でもない。先端技術を開発し、誰も作れない完璧な物を作って世界に売る国なのである。つまり、国民の頭脳で勝負している。

 その頭脳を育てる肝心要の教育はどうなっているかというと、両国には結構大きな差がある。優秀な頭脳は、どちらにも間違いなく、それもかなりの頻度で存在するが、その分布図が異なる。日本の場合、教育の底辺がかなり高いところで揃っているのに比べて、ドイツでは、上は立派だが、底辺は総崩れだ。学力の格差が激しい。

 日本の教育の底辺が高い理由は、一口で言えば、初等教育が極めて充実しているからだ。詰め込み教育と言われようが、何と言われようが、小学校6年間でしっかり九九を覚えさせて、ひらがな、カタカナのみならず、1006字の漢字までちゃんと物にさせる。これはすごいことだ。「日本に文字が読めない人はいない」と言うと、ドイツ人は私がまたまた愛国心を発揮して勇み足になっていると思うようだが、日本で字が読めない人、書けない人を探すのは、実際、難しい。

 ドイツでは、日本ほどきめ細かな初等教育は行われていない。置いてきぼりになってしまう子もたくさんいて、それが一生ずっと尾をひく。教育制度は20世紀初頭の骨董品で、未だにヘルマン・ヘッセの時代と大差ない。戦後、日本の教育改革を行った米軍も、なぜかドイツの制度には手をつけなかった。

 社会状況が大きく変わった今、そのために多くの弊害が出ている。30年来ずっと叫ばれている改革は、遅々として進まない。エリートにとっては、伝統的な制度は悪くないが、社会的弱者が落ちこぼれてしまう。ひいては、それが失業や犯罪を招き、社会不安の原因にもつながる。