野田佳彦首相(54)は、菅政権では反主流派として干されてきた小沢一郎元代表(69)と鳩山由紀夫元首相(64)のグループを取り込むため「派閥均衡」人事を行った。「反小沢」「親小沢」をめぐる稚拙な争いに歯止めをかけ、党分裂を防ごうとするものだが、党内基盤が弱い首相の政治行動としては極めて正しい。「党の危機管理」は国家国民のために権力を振るうための前提だからだ。

 しかし、当たり前のことだが、本当に重要なのは首相がどんな政治を実行するかだ。野田首相は地味な「政権管理人」に堕す恐れがある。ねらいを絞って政策を遂行しなければ活路が開けるはずもない。保守政治家を自認するなら「国の危機管理」に取り組んだらどうか。

政策に熱意あるのか

 民主党政権になって3人目のたらい回しの首相だけに、2011年度第3次補正予算成立後に衆院解散・総選挙に踏み切るのが筋だ。しかし、今の民主党では勝てるはずもない。だから解散からは逃避するのだろう。だったら、なおさら政策で勝負するしかないではないか。

 民主党執行部の顔ぶれは、新首相にとって「お友達」からはおよそかけ離れている。選挙の公認権と党の資金を含む党運営の実権を握る輿石東幹事長(75)は、日教組のドンで小沢氏の盟友だ。政権の命運を握る「ねじれ国会」を舵取りするのは鳩山氏の側近、平野博文国会対策委員長(64)だ。

 さらに、前原誠司政策調査会長(49)には政策の事前承認権まで与えられた。輿石、平野両氏へのバランスを考え、反小沢勢力では最大規模の前原グループに配慮したものだ。

 野田首相にとって、政治的に長く対立してきた小沢氏に党運営の実権を渡すリスクを冒すことも、民主党代表選で野田氏を押しのけようと土壇場で立候補し、外国人献金問題などで自滅した前原氏に政策を任せることも、気持ちのいいことではあるまい。

 「党の危機管理」のため人事では現実主義に徹した首相だが、肝心の政策に取り組む熱意があるかといえば、心許ない。

 8月27日朝、野田氏は首相官邸にほど近いホテルで、政策発表会見を行った。最優先課題は「2つの危機」の克服だとして、原発事故と世界経済危機を挙げて5分ほど説明したが、記者団との質疑には応じず、「すいません。営業活動があるので」と述べてさっさと退席してしまった。

 「営業活動」とは国会議員への投票の働きかけを指すのだろう。質疑は陣営若手の近藤洋介衆院議員(46)と蓮舫前行政刷新担当相(42)が行ったが十分なものになるはずもなく、記者団は野田氏の姿勢にあきれかえった。

震災対策と中国への備えを

 野田首相の政策に盛り込まれた危機意識は、「国の危機管理」の面からは物足りない。

 原発事故の対処では、原発事故の速やかな収束▽福島の再生▽東日本大震災の復旧・復興の加速▽エネルギー制約の早期克服-を掲げた。ここには、原発事故と大震災で不備が明らかになった危機管理態勢を抜本的に見直す視点はない。

 さらに、東日本大震災と類似する貞観地震(869年)があった9世紀と同様に、現代日本が地震の活動期に入ったのかもしれないという危機意識も見あたらない。貞観地震の9年後に関東地方で震災(878年)、さらにその9年後に東海、東南海、南海地震の3連動とみられる仁和(にんな)大地震(887年)が発生している。貞観地震の前年には今の兵庫県で大地震(868年)が起きている。

 9世紀と似た連動地震が起きる万一に備え、早急に国を挙げた対策をとらなくてよいのだろうか。こういうことは首相が号令をかけなければ進むものではないのだ。

 財源は心配ない。東日本大震災の復興費と合わせ、日本銀行が直接引き受けする「震災復興・防災国債」で調達すればいい。自国通貨を持たず、外債に頼って立ち往生したギリシャと、国債のほとんどが内国債で、経常収支は黒字、国債が市場で世界有数の信任を得ている日本では事情がまったく違うのだ。絶好の機会を失ってはならない。デフレ対策にもなるではないか。

 民主党代表選のさなか、尖閣諸島周辺の領海に中国の漁業監視船2隻が入り込んできたが、野田首相も含めどの候補も抗議の声をあげず、台頭する中国にどう向き合っていくかという外交・安全保障上の構想を国民に説かなかった。

 米国は国債発行上限問題で国防費の減額を迫られている。野田首相は2012年度予算で防衛費を明らかな増勢へ転じる決断を下すべきだ。中国の野心を抑えなければ、わが国は近い将来、一層の負担や不利益、屈辱に直面することになる。それを防ぐのも、大事な危機克服だと思うのだが。
 (政治部 榊原智)