細川珠生(ジャーナリスト)

 安倍晋三政権になって着々と進んでいるように思える教育改革だが、これから「本丸」に突入できるかどうか真価が問われる。

 「教育改革の本丸」とは、「家庭教育の立て直し」以外、ない。道徳教育の充実のために、教科化を行うなどの方策は、一定の効果はあると思うが、根本的な「人としての在り方」を教育するのは、家庭である。目を覆いたくなるような行動や言動をする親は、今や街中に、日本中にあふれている。

 道徳教育を学校教育の中で懸命に取り組んでも、家に帰ればぶち壊し。この現実にたって、教育の本丸である家庭教育の立て直しに本気に取り組むべきである。

 現在、総授業時数は、小学校では6年間で5645時間、中学校では3年間で3045時間である。ゆとり教育からの脱却により、小学校では平成23年度から、中学校では24年度から、時数が1割増加した。しかし、1年当たりで計算すると、それまでの10年間と比べ増えたのは、小学校では46時間、中学校では35時間である。年間35週でカウントする学校教育では、小学校で週1時間強、中学でも週1時間増えるだけだ。

 昭和36年度以降、最も授業時数の多かったのは、46年度から54年度であり、小学校では6年間で6135時間、中学校では3535時間であった。当時に比べれば、ゆとりからの脱却とはいえ、まだ約1割少ないのである。

 限られた学校の授業時数の中で、道徳も外国語も、またコンピューターなどの情報教育も、さらには自然体験やキャリア教育などなど、学校に課せられる教育の内容は増える一方である。

 今や挨拶の仕方やお箸の持ち方、「ご飯は左、お汁は右」というような、家庭で当然身に付いているはずのことまで、学校で教えなくてはならない。限られた時間の中で学校が抱えることがあまりに多すぎる。

 安倍政権は、「女性の活用」を大きな政策の柱として、女性が妻となり、母親となっても、自身の持つ能力を発揮できるチャンスを増やそうと、あらゆる施策を検討している。働く母親としてはありがたいと思う一方、子育てをしている身として思うことは、女性は、ひとたび母親となったのならば、わが子をどこへ出しても恥ずかしくない人間に育てる、その基礎をきちんと身に付けさせることが、最重要の役割であり、それ以上に優先する役割などないということである。

 しかし、昨今の多くの母親、とりわけ働く母親は、そのことに気づいていないか、気づいても軽視している場合が多いのである。母親が働いて社会で地位を得ること自体を否定するわけではないが、それならば、母親としての責任に手を抜くべきではない。それができないのならば、私は働くべきではないとさえ、思う。母親が母親としての責任を果たすためにも、「家庭の責任」として、何かの形で明らかにすべきである。それを抜きに、教育改革の本丸にたどりつくことはできない。

 教育に関する法令は、教育基本法を筆頭に、300本以上ある。しかし、家庭教育に特化し、その責任を具体的に明確化した法令は一本もない。「国家が家庭に介入できない」というこれまでの考え方から、国が本腰を入れて、家庭教育に踏み込む時期にすでに来ているのである。

ほそかわ・たまお 前東京都品川区教育委員。ラジオや雑誌などで活躍。父親は政治評論家の故細川隆一郎氏。