倉田秀也(防衛大学校教授)






 日韓国交正常化交渉の起点は韓国「戦時」であった。米国は韓国が北朝鮮と戦火を交えていた1951年9月、「極東における平和と安全」のための米軍駐留を謳(うた)う(旧)日米安保条約を締結した直後、日韓国交正常化交渉を仲介した。さらに1960年1月、岸信介政権下で改定された日米安保条約で、米国の日本防衛義務とともに「極東における平和と安全」のため在日米軍の基地使用が明記された。日韓基本条約が交わされたのは、その5年後の65年6月であった。戦後日韓関係史は、日米安保体制に組み込まれることから始まったと言ってもよい。

「先祖返り」した関係


 新旧を問わず、日米安保条約にいう「極東」のうち、その相当部分が韓国を指していたことは言を俟(ま)たない。韓国が再び「戦時」に陥ったならば、在韓米軍に加え、朝鮮戦争がそうであったように、国連軍として多くの在日米軍部隊が出動したであろう。

 だがその一方で、韓国「平時」では、日本には再び北朝鮮の侵略を許さない「勁(つよ)き韓国」の建設のため、経済協力が求められた。韓国の安全のための日米間の緩やかな「分業体制」こそが、冷戦期の日米韓関係を支えていた。韓国はその時期、対日関係で北朝鮮と共鳴する問題でナショナリズムが噴出することを懸念し、時にそれを制御さえした。

 冷戦終結とほぼ時期を同じくして、韓国の民主化が北朝鮮を遥(はる)かに凌駕(りょうが)する経済成長を伴ったことが、日米間の緩やかな「分業体制」を揺るがしたのは当然であった。軍出身者政権下で制御された対日ナショナリズムの多くは、民主化以降に噴出し、その度合いは次第に高まった。

 断っておくが、軍出身者政権下のかの地で一時期を過ごした者として、韓国が軍出身者政権へと回帰することを望むわけでない。
国会議事堂内に乱入した学生らに放水を行う機動隊員=昭和35年6月15日、国会議事堂
 だが、竹島に接岸施設を竣工(しゅんこう)したのは、民主化後初の文民大統領となった金泳三政権であった。この問題で日本に「外交戦争」なるものを挑んだのも、人権弁護士出身の盧武鉉政権であった。竹島に現職大統領初の上陸を果たしたのは李明博氏だった。

 そのナショナリズムは日本統治下に遡(さかのぼ)り、権力によって制御されるどころか、主唱されるに至っている。日韓関係の「先祖返り」とでも呼ぶべきか。

進歩派の対日ナショナリズム


 「先祖返り」は、何も外交関係に限ったことではなかった。韓国で一般に「進歩派」と呼ばれる勢力が、人権などの市民的価値を標榜(ひょうぼう)したのは確かである。しかし、それは時として、前近代的な価値と手続きに浸食されていった。進歩派が日本統治下の親日派処罰を遡及(そきゅう)して立法化したとき、当初は彼らに共鳴していた日本のリベラル派は、少なからず当惑した。

 そもそも、韓国の進歩派はナショナリズムと吻合(ふんごう)し、しばしば「民族派」と呼ばれるのに対し、日本のリベラル派は、ナショナリズムとは背反する。日本でいうリベラル派は、韓国社会には有意には存在しない。

 先の大統領選挙で、朴槿恵氏は盧武鉉政権で青瓦台秘書室長の任にあった文在寅氏を破るが、それは薄氷の勝利であった。対日関係だけが争点であったわけではないが、韓国社会はそれ程に「進歩化」している。それが、自らが語る歴史を「正史」とし、日本がそれを受け容(い)れることを日韓「和解」と看做(みな)す素地を形づくった。

原型に忠実な安保の再確認


 そうだとしても、朴槿恵氏が米韓同盟強化を謳い、昨年「戦時」作戦統制権を引き続き米軍に委ねると決めたことは、吟味されなければならない。確かに、韓国軍が米軍に「戦時」作戦統制権を委ねながら、米軍の展開を支援する自衛隊を牽制(けんせい)しようとする朴槿恵政権の主張は、純軍事的には説明はつきにくい。だが、文在寅氏が大統領だったなら進歩派政権宜(よろ)しく、米軍から「戦時」作戦統制権を「奪還」したであろう。こう考えたとき、朴槿恵政権には、安全保障の「磁力」が働く余地はまだ残されている。

 韓国の安全を損ないかねないナショナリズムの噴出を危惧する勢力は、確実に存在する。90年代前半の北朝鮮核危機を経て策定された97年ガイドラインの後、小渕恵三首相と金大中大統領は、防衛協力を盛り込んだ日韓行動計画を発表していた。

 折しも現在、ガイドライン改定を受け、安保法制が審議中である。日韓防衛相会談も4年ぶりに実現した。安全保障上の利害関係の再確認は、一方の歴史認識を他方が受け容れて得られる「和解」よりも、遥かに健全であり、何よりも原型に忠実である。

 日韓国交正常化半世紀を経て、現行の日米安保条約を生んだ岸信介首相の孫と、日韓関係を日米安保体制に深く組み込んだ朴正煕大統領の息女が向かい合っている。何という巡り合わせであろう。