上村英明(恵泉女学園大教授)


 金子快之(やすゆき)札幌市議による「アイヌ民族なんて、いまはもういない」「利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」などという短文投稿サイト「ツイッター」への書き込みが問題となっている。

 金子氏の反省は聞かれないが、幸いメディアや市民の反応は「恥ずかしい」「幼稚で悪質な差別扇動だ」など極めて健全だ。この問題をどう考えるべきか、論点を一歩進めて整理してみたい。

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 一つは金子氏や彼が所属していた自民党会派の責任だ。金子発言後の2014年8月20日と21日、スイス・ジュネーブで国連の人種差別撤廃委員会が開かれた。日本の広範な差別状況が審査され、中心議題の一つは「ヘイトスピーチ」(憎悪表現)であった。

 ヘイトスピーチとは特定の弱い立場にある集団に憎悪をあおる差別表現だが、日本政府は表現の自由との関係で規制が難しいと説明した。委員会では、これは差別を助長する明確な「暴力」であって表現の自由ではなく、法的に規制すべきだとの意見が相次いだ。
北海道・旭川 知里幸恵「アイヌ神謡集」 アイヌのチセ(住居)を 再現した「アイヌ文化の森 伝承のコタン」 (北海道鷹栖町)
 アイヌ民族は、日本政府が北海道に植民地主義を展開する中で一方的に抑圧され、差別の対象となってきた。開拓使設置以来の強制同化政策の中で独自の文化や言語、伝統的な宗教や価値観を奪われ、否定されてきた。

 民族学者が使う「民族」の一般的定義を悪用した金子氏の発言は、アイヌ民族の脈々と流れる「民族意識」と、文化や伝統を取り戻そうとする努力を否定する「暴力」で「憎悪表現」に当たる。

 自民党は「憎悪表現」への対応を検討するプロジェクトチームを設置した。身内の問題にどう対処するかでその質が問われることになるだろう。

 ちなみにアイヌ民族は現在、法律の上では何一つ権利を保障されておらず、「利権を行使しまくっている」などという金子氏の主張は全くの事実無根だ。

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 もう一つは、日本政府のアイヌ民族政策そのものの責任である。

 平成9年に「北海道旧土人保護法」が廃止され、「アイヌ文化振興法」が制定された後、20年には「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が衆参両院で採択された。この決議はアイヌ民族が差別され、貧窮を余儀なくされた歴史を一定程度認め、前年に採択された「国連先住民族権利宣言」に沿って総合的な政策の確立を明記した。21年には内閣官房にアイヌ政策推進会議が設置され、今日に至っている。

 しかし、推進会議設置後の政策の流れは、アイヌ文化の継承や国民への啓発に重点が置かれ、その前提になる「北海道開拓」と呼ばれた植民地政策とアイヌ民族との歴史的関係性の政府による検証や、この検証に基づく権利回復の問題は、一貫して棚上げにされてきた。

 そしてアイヌ民族にとっての総合的な政策の必要性は、政府に都合のよい文化政策の推進にすり替えられてきた。金子発言は、文化に偏重した政策の「産物」ともいえる。

 あらためてアイヌ民族政策の必要性の確立に向けて、政府が責任を持って歴史を検証することが、今回のような「憎悪表現」防止のためにも不可欠と言えるだろう。

 納税者への説明が必要だと金子氏は言う。税金を使うと、こうした本末転倒の誤解も生じる。昭和59年にアイヌ民族自らが主張した「民族自立化基金」のような、民族政策の独自財源が検討されてよい。

うえむら・ひであき
恵泉女学園大学人間社会学部教授。昭和31年、熊本県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科修士課程修了。専門は国際人権法と先住民族の権利。57年に人権団体「市民外交センター」を設立し、代表を務める。著書に『先住民族の「近代史」』(平凡社)、『知っていますか?アイヌ民族一問一答』(解放出版社)、『世界と日本の先住民族』(岩波書店)など。