吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト)

若者に飛躍の場を与えた大阪


 大阪商工会議所には、「大阪企業家ミュージアム」という施設が併設されている。目立たない場所にあるけれども、料金がいまどき大人300円は破格である。一見の価値あり、と申し上げたい。

 ここには明治から大正、昭和にかけて、大阪を舞台に羽ばたいた企業家たちが紹介されている。先人たちの姿を窺(うかが)い知ることができ、また若い人たちにとっては、「自分も何かできるかも」と思わせるような展示がなされている。

 合計で105人の経営者が紹介されている。不思議なもので、彼らの写真を見ているだけでも飽きが来ない。徒手空拳から身を起こし、企業や産業を築いた人たちは、やはり立派で深みのある面構えをしているものである。

 まことに象徴的なことに、大阪企業家ミュージアムが展示している105人の経営者のうち、大阪府出身者はわずか19人にすぎない。野村徳七(野村証券)や鳥井信治郎(サントリー)、武田長兵衛(武田薬品工業)や中内功(ダイエー)らである。産経新聞社をおこした前田久吉も忘れてはならないだろう。

 しかるに大阪がまことに偉大であったことは、日本中からやってきた若者にチャンスを与え、彼らが大きく飛躍する場を与えた点である。
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大阪圏の商業地で上昇率1位だった商業ビル「ラズ心斎橋」
(右上の白いビル)=大阪市中央区(本社ヘリから、恵守乾撮影)

 よく知られている通り、松下幸之助翁(パナソニック)は和歌山出身であった。近江商人としては伊藤忠兵衛(伊藤忠と丸紅)や弘世助三郎(日本生命保険)がいた。兵庫からは太田垣士郎(関西電力)や井植歳男(三洋電機)、京都からは岩井勝次郎(岩井産業、今の双日)らが輩出している。三重の村山龍平(朝日新聞)も一応紹介しておこう。

 近畿圏だけにとどまらない。大原孫三郎(倉敷紡績)は岡山であるし、小林一三(阪急グループ)は山梨、早川徳次(シャープ)は東京、竹中藤右衛門(竹中工務店)は愛知、黒田善太郎(コクヨ)は富山、安藤百福(日清食品)はなんと台湾である。挙げていくと切りがない。

地元で活躍する人が減った


 こんな風に、日本経済の偉大な企業育成の地であった大阪は、万国博覧会が開かれた1970年頃から変質していく。他所(よそ)者の挑戦は徐々に影をひそめ、大阪が地盤沈下する時代が始まるのである。

 逆にこの頃から、大阪出身者が東京に行ってチャンスをつかむようになっていく。日本マクドナルドの藤田田、リクルートの江副浩正、CSKの大川功、カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭氏ら大阪出身の企業家は引きも切らないが、彼らは皆、故郷の外にチャンスを求めたのである。

 人材を育てる場所だった大阪はいつしか人材を供給する場所になっていく。経営者だけでなく、文化人やスポーツ選手まで、今も大阪人は各方面で大活躍をしているけれども、地元に残って活躍する人は少なくなってしまった。

 そんな中で、橋下徹大阪市長は、大阪にこだわり続けてくれた生粋の大阪人であった。大阪の人たちが、「はしもっちゃん」に懸けた期待の深さはよく理解できる。その一方で、彼の強引な政治手法が物議を醸したのも無理からぬところであろう。

 その橋下市長は、大阪都構想が住民投票において僅差で否決されたことで、政界を引退する覚悟だという。彼らしい潔さだと思うが、弁護士でもタレントでもいいから、引き続き大阪で活躍を続けてもらいたいと思う。

「人を残して死ぬ者は上」


 ただし筆者は、かならずしも「大阪都構想」を惜しんでいるわけではない。大阪を再生することは、けっして行政だけの課題ではない。むしろ民間部門の責務であると思うからである。

 こう言っては失礼かもしれないが、かつて大阪の黄金時代を築いたのは、素晴らしい知事や市長だけではなかったはずである。全国各地から集まった経営者たちが、それを可能にした。二重行政の打破はもちろん重要な政治課題だが、それがイコール大阪復活の切り札であるとは正直、思えないのである。

 そもそも大阪を天下の中心にしてくれたのは誰であったか。言うまでもなく、太閤さんこと豊臣秀吉公である。尾張中村の出身であった木下藤吉郎が、織田軍団の下で途方もない立身出世を遂げ、ついには天下人となって大坂城から号令を発した。他所から来た成り上がり者が天下を取った、という実力主義に大阪の原点がある。そのことを忘れて、既得権を守ることに汲々(きゅうきゅう)とするのは、もっての外であろう。

 今や大阪のみならず、全国各地で「地方創生」が課題となっている。だからといって、政府の補助金を当てにして何か作ろうなどというのは心得違いも甚だしい。

 かつて後藤新平は「金を残して死ぬ者は下、仕事を残して死ぬ者は中、人を残して死ぬ者は上」との金言を残した。地方創生とはすなわち人づくり。今こそそれを確認すべきではないだろうか。

(よしざき たつひこ)

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