5月27日、チューリッヒで国際サッカー連盟(FIFA)幹部7人が早朝に逮捕された。同時に、米司法省はFIFAの現・元幹部9人とその関係者5人を起訴した。

 スイスの警察・検察ばかりでなく、米司法省が関係者を起訴した点が、特に注目に値する。捜査と起訴を担当したのは、ニューヨーク東部地区連邦地方検事局であった。不法な資金の受け渡しがニューヨークを本拠とする金融機関を経由していたという理由で、ニューヨーク東部地検がこの事件の担当となったのである。違法な資金は、スイスの金融機関からその米国支店の口座を経由して、米国や世界各地の収賄者の口座へ送金されていたとみられている。

 今回のFIFA関連の汚職摘発では、米国のFATCA(Foreign Account Tax Compliance Act:外国口座税務規律順守法)が大きな役割を果たしている。FATCAは2014年7月1日から施行されている。FATCAは、米国企業や米国籍個人が外国に持っている口座の実態を米国・内国歳入庁(IRS:日本の国税庁に相当)に通知するものである。又、それに伴い、アメリカとFATCA受け入れ国の間では、租税情報の自動交換が進んでいる。FIFA汚職に関しては、スイスと米国間の租税情報交換が大きな力を発揮した事は間違いない。

 FIFA幹部の腐敗と汚職は、1990年代からマスメディアによって批判されてきた。2012年、FIFAを巡る贈収賄スキャンダルが暴露された。この時は、ブラッター氏の恩師であるジョアン・アベランジェ・FIFA前会長(ブラジル人)と2人の幹部がFIFAから追放されている。この時は、メディア放映権を管理するスポーツ・マーケティング会社ISLに絡んだ贈収賄事件であった。アベランジェ氏はワールドカップの放映権を高額で売る事により、巨額の資金を捻出する事に成功した。現会長のブラッター氏は、このアベランジェ会長の側近としてFIFA内での実力を養ってきた人物である。FIFAの倫理委員会は2013年にISLが1992年から2000年までFIFA幹部に巨額の幹部を送っていたとする報告書を発表した。しかし、このスキャンダルでFIFAの金権体質を完全に抉りだす事は出来ず、寧ろ問題の大部分は隠蔽されたままとなった。

 注目すべきは2013年にアメリカの圧力を受けて、スイスの金融界は銀行口座の秘密主義の原則を完全に方向転換せざるを得なくなっていたという事実だ。それ以降、スイスは国内法を改め、外国の捜査当局や税務当局に外国人や外国企業の口座情報を開示するように革命的な方向転換を成し遂げてきた。こういったスイスやアメリカを巡るアングラマネー追及の動きが、今回のFIFA汚職摘発に大いに役立った事は疑いがない。2012年にできなかったFIFA汚職の徹底追及が2015年の現在、行なえるようになったのは、まさにこのような法的・制度的な改革が行なわれたからである。その改革は、アメリカを中心とするアングラマネーとタックスヘイブンを根絶する戦いの大きな成果の1つであった。

 5月29日にはFIFA会長選挙が行なわれる事になっていた。その為に、FIFAの最高幹部の多くは、チューリッヒの高級ホテル「ボーオーラック」に宿泊していた。米FBIの担当者は、その前の週からスイス警察当局の綿密な連絡を取り、5月26日から27日にかけて、容疑者の動向を継続的に監視したうえで、5月27日午前6時、スイス警察がこのホテルに踏み込んで、容疑者らの身柄を拘束した。

 5月27日、リンチ米司法長官は、記者会見を行ない「(ワールドカップを)どこで開催するのか、誰が試合を中継し、誰が運営するのか。それは全て賄賂で決まっていた」と断言した。実はFBIとIRSの協力によるFIFA汚職の捜査は、かなり長期にわたって継続していた。そして、この案件でのブレークスルーとなったのが、2011年に、FIFA実行委員会の米国人メンバーであるチャールズ・ブレイザー氏をFIFA内部情報の提供者としたことだ。ブレイザー氏は、北中米からカリブ海サッカー連盟の事務局長を1990年から2011年まで勤めていたが、当局により、脱税の事実を把握されていた。2011年にブレイザー氏は司法取引を行ない、FIFAの内部情報の提供に合意していたのである。ブレイザー氏の場合、本来なら最大で合計100年の刑となるが、覆面捜査に協力した為に、この司法取引により、脱税資金洗浄による75年分の禁固刑を免れている。

スイス政府のもう1つの決断


 FIFA幹部が逮捕された5月27日、スイス政府は重大な決断を行なっている。スイス政府はEUとの間で、租税情報の自動交換協定に調印したのである。これによりスイスは、EU加盟各国に対して、2017年から口座情報を保存し、2018年から年1回、定期的に租税情報を交換する事になった。スイスは既に、口座情報の自動交換に関しては、経済協力開発機構(OECD)の加盟国とは既に交換協定を結んでおり、2016年から自動交換を開始する。

 さて、ヨーロッパ大陸内には、スイスの他にもタックスヘイブンが存在してきた。それはアンドラ、サンマリノ、モナコ、リヒテンシュタインなどの小国である。ところがEUは、スイスと調印したのと同様の租税情報交換協定を、これらの国々と2015年年末までに調印する予定になっている。5月27日のEUスイス間の租税情報自動交換協定の調印は、勿論、FIFA幹部の逮捕とは直接には関係しているわけではないが、如何にも象徴的な事件であったと言える。

 FIFAはそもそも、スイスの非営利団体として設立されている。この団体がスイスの銀行口座の秘密主義を十分に利用して、その腐敗構造を拡大してきた事は想像に難くない。最早、FIFAの不透明な金融取引を守るスイスの銀行秘密主義という暗黒の盾は完全に崩壊してしまったのである。

 ちなみに米司法省は、現地司法当局の協力を得て、外国で容疑者逮捕を行なう場合がある。例えば、2015年4月には米司法省はロンドンを拠点とするトレーダーのナビンダー・サラオ容疑者を逮捕・起訴している。サラオ容疑者は2010年5月にダウ工業平均を数分の内に1000ドル以上、暴落させた所謂「フラッシュ・クラッシュ」の張本人と言われており、他の不正な金融市場操作の容疑ももたれている。この件では、米司法省は英国司法当局との協力で同氏を逮捕した。

 米連邦捜査局(FBI)のコミー長官は「もし、アメリカ国内で汚職の謀議をしたり、アメリカの金融システムを使って腐敗資金の受け渡しを行なったりすれば、当局は決して見逃さない」と記者会見で言明した。ニューヨーク東部地区連邦地検が明らかにした起訴状によれば、FIFAは数10億ドルのカネをスイス大手金融機関にある自己の口座からその米国支店を経由し、賄賂の一部はJPモルガンチェースやシティバンクのニューヨーク店舗の口座に送金されていたとの事である。被告らが実際の賄賂の支払いについて話し合ったマイアミやニューヨークのクイーンズ地区での会合の詳細な内容も、この起訴状は明らかにしている。

 5月29日に、5期連続で会長選挙に勝利したゼップ・ブラッターFIFA会長(79)が、6月2日にはこれらの事件の影響で辞任の意向を発表した。しかしそれ以降、ブラッター会長は辞任を撤回し、会長職にとどまる事をにおわせている。会長の側近筋は「アジアとアフリカからブラッター会長への支援のメッセージが多数届いている。納得できる後任候補が現れなければ続投を検討する」ともらしている。

 一方、スイスの検事総長マイケル・ローバー氏は、2018年ロシアと2022年カタールのワールドカップ招致に関連し53件のマネーロンダリング疑惑があると発表している。マネーロンダリングに関しては今後、関連した金融機関自身が捜査の対象となる可能性がある。