兵頭二十八(軍学者、元自衛官)

 反日左翼が何のイシューにも「徴兵制」を結び付け、以て庶民を脅かすのは、「日本国民には国防の義務が無い」ということにしたいのである。中共や韓国の間接侵略の手先を買って出たいわけだ。

 江戸時代、わが国は近代立憲主義ではなかった。何百年も、農民や町人は「国防の義務」を免除されていた。しかし近代立憲政体を目指した明治政府は急に国民に「国防の義務」を求めた。町人は誰もよろこばなかった。有事には若いインテリ・エリートが大学から勇躍、最前線へ小隊長として出陣するならわしの英帝国から帰朝して『朝日』新聞社の社員となった夏目漱石すら〈満州で身長が一尺以上高いロシア兵と銃剣格闘させられる〉と想っただけでガクガクブルブルであった。

 日本の労働集約的な水稲作にとり、男手をわずかな期間でも奪われることも甚しい打撃だった(欧州は粗放畑作なので日本と違い男子を甲乙丙の別なく根こそぎ動員できる。それでも耕地は永久荒廃しない)。また東条英機が陸相の「徴兵権」を、濫りに批判者への加罰手段として私した陋劣は、神聖な国防史を不可逆的に汚損した。

 にもかかわらず、成文憲法にひとことも書いてなくとも、近代立憲国家の有権者には「国防の義務」が全員にある。人民も君主も協同して納得のできる近代法治空間をつくっているのが近代立憲体制だ。じぶんたちで作り出したじぶんたちに最も具合のよい法制や秩序や生計を防衛するのはじぶんたち以外にない。なぜなら主権国家のその上には警察(常設国連軍)が無いのである。

 かりに民主政体を構成する国民に国防の義務が無いとしよう。総選挙などいっぺんもやったことのない古代的な専制帝国の中共軍が、ある日、日本領土に上陸して、わが国の近代法体系を蹂躙したときに、一部国民がすすんでそれに助力し、国家と人民の裏切り者となり、儒教圏から来た外国人の支配者様の下で特権を享受しようと図っても自由だということになる。そう、それこそが、某政治集団や一部言論人が堂々とやりたくてたまらぬことなのだ。

 近代憲法の条文で「人を食べてはいけない」と釘をさすことはめったにない。あたりまえだからだ。「立憲体制に叛逆した者はゆるさない」というのも、あたりまえなので書かれぬことがある。近代法規範としてそれは条文以前に当然に厳存する総意なのだ。しかし「近代への経験」の浅い国家(日本は残念ながらこれに相当し、法哲学発達史の理解が法曹界においてすら未熟な段階にある)では、それが明文化されていないことを乗ずべきセキュリティ・ホールとみなす害意ある隣国の手下たらんことを志願した者による百般の憲政破壊工作が進行する。「徴兵制が来るぞ!」の常套句も、近代立憲主義の理解から人民を遠ざけ、「後方」と「指導層」を共に愚昧化した上で、日本の防衛が成立し難くなるよう誘導する政治戦術なのである。

 昭和50年前後、近代法の普及史を咀嚼していないことにかけては旧軍の指導層と互角であった経済界の老耄幹部たちはしばしば「徴兵制を再評価しよう」と口走り、反日左翼言論に「弾薬」を進上したものだ。

 高度成長期には、軍隊(自衛隊)は、民間企業と若い人材をとりあいせねばならない。自衛官は他の公務員よりも定年が早い。その上に給与水準もパッとしないというのだから、能力ある若者には魅力的に映らない。さりとて自衛官給与を民間並みに厚遇してやれば、日本は先進国であるからたちまちに国防費は人件費だけで膨満し、財政の弾撥性を阻害するか、企業増税につながる。そういう大蔵省からの耳打ちを私企業の重役たちがひきとって、だったら自衛官を「安い兵隊」に替えて、ついでに若者に「反組合教育」もしてくれたなら好都合だ……との思い付きだった。国防は銃後も含めた全国民が分担する義務でなくて、若年者の「3K」仕事だ――と思いたがるのは、ようするに朱子学(反近代)の発想である。

 当時のじいさんたちの理想が実現している「朱子学の楽園」は、今の韓国だろう。韓国軍の二等兵(徴兵)の月給は8100円ほど(台湾兵ならその4倍は貰う)。兵役年限は21ヶ月。さればこそ、最低賃金が時給400円の国で68万人の常備軍を維持できている。だが、もし中共軍が本気で攻めてくれば、若い韓国兵は財閥のために戦死する気などサラサラ無いであろう。

ひょうどう・にそはち 昭和35(1960)年生まれ。軍学者。自衛隊勤務後神奈川大卒。東京工業大学社会工学専攻(修士)。