[WEDGE REPORT]

伊藤さゆり(ニッセイ基礎研究所経済研究部 上席研究員)

欧州で反緊縮、反EUの動きが広がっている。南欧は「緊縮疲れ」、「改革疲れ」に陥り、一方のドイツでは「支援疲れ」に陥っている。デフレ懸念、域内格差に歯止めをかけることはできるのか。欧州では緊張が高まっている─。
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勢いづくギリシャのチプラス新首相 (GETTYIMAGES)

 1月25日のギリシャ総選挙は、政府債務の削減、緊縮財政路線の修正を唱えた「急進左派連合(SYRIZA)」の勝利に終わった。ギリシャは、2月末にEU・国際通貨基金(IMF)による支援プログラムの期限を迎える。総選挙前、新政権は発足後直ちに支援プログラムの最終審査を終えて、予防的な支援プログラムに移行することが内定していた。

 しかし、SYRIZA党首のチプラス首相率いる新政権は、EU、IMF、欧州中央銀行(ECB)のいわゆるトロイカによる政策への監視を嫌い、支援プログラムを早期に離脱、債務交換を通じて過大な債務の元利払いの負担を軽減し、国内銀行などを主な引き受け手とする短期国債で当面の資金繰りをつなぐ道を模索する。

 ECBがギリシャ国債を担保にギリシャの銀行に資金供給を継続してきたのは、トロイカの監視下で支援条件である財政緊縮や構造改革に取り組むことが前提だった。新政権が支援プログラムの早期離脱の方針を曲げなければ、債務不履行とユーロ離脱に発展しかねないとの不安から、預金が流出し始めている。

 今年は1月のギリシャに続き、秋にポルトガル、年末にスペインが総選挙を行う。これら3カ国は財政危機に見舞われ、厳しい財政緊縮と構造改革を迫られた。景気は14年には持ち直し始め、失業率もピーク・アウトした。

 とは言え、生産活動の水準は最も大きく落ち込んだギリシャの場合、世界金融危機前のピークを2割以上下回る。今もギリシャ、スペインでは、4人に1人が失業している。「緊縮疲れ・改革疲れ」はギリシャだけでなく、スペインの総選挙ではギリシャ同様に緊縮策の見直しを掲げる新党・PODEMOSが台風の目となるだろう。

 ユーロ圏で長期不況に陥っているのは、財政危機に直撃された南欧の周辺国だけではない。イタリアでは景気の後退が止まらず、失業率は、世界金融危機前のボトムの5%台から、14年末には13.4%に達し、99年1月のユーロ導入以来の最悪の水準を更新中だ。

 フランスも振るわない。景気後退こそ免れているが、ここ3年の成長率は、平均で前年比0.3%とおよそ1%の潜在成長率を大きく下回る。失業率は、世界金融危機直後の大幅な悪化の後も、じりじりと上昇し、ユーロ導入以来の最悪水準が迫る。
 周辺国からイタリア、フランスへとデフレの脅威が迫り、ユーロ圏のインフレ率は昨年12月に、ついにマイナスに転落した。域内の景気格差、雇用格差の拡大も止まらず、反緊縮・反EUの気運が広がり、統合の遠心力が強まる悪循環に陥りつつある。

 悪循環阻止にまず動いたのはECBだ。1月22日の政策理事会で、3月から月600億ユーロの国債等の資産を買い入れる量的緩和を開始、少なくとも16年9月まで継続することを決めた。

 ECBの量的緩和決定までの道のりは平坦ではなかった。ユーロ圏は15年1月のリトアニアの参加で19カ国に広がった。19カ国はユーロを共有し、金融政策はECBが一元的に決める。しかし、財政の主権は各国に分散しており、国債市場の大きさや構造、信用力もばらばら。ユーロ圏共通国債はない。

 ECBの国債買入れには、財政ファイナンスのリスク以外にもクリアすべき問題があった。そのため、政策金利の引き下げ余地がなくなった後も、非伝統的政策手段として、最長4年の民間貸出促進のための資金供給、次に資産担保証券(ABS)や金融機関が発行する担保付債券(カバードボンド)の買入れという順番を辿った。

 ECBの国債買入れにドイツは反対してきた。14年は、ドイツ経済も、ウクライナ情勢の緊迫化、ロシアとの関係悪化の影響もあり減速した。とは言え、雇用・所得環境は良好で、失業率は5%と圏内で最も低く、東西ドイツ統一以来の最低水準を保つ。追加緩和の必要性に対して、南欧やフランスとドイツとの間には温度差があった。
 REUTERS/AFLO
フランスのオランド大統領(左)と、ドイツのメルケル首相(右)。景気格差を背景に、両国の温度差が目立ってきている (REUTERS/AFLO)
 さらにドイツは、国債買入れは、必要な財政健全化措置や構造改革を妨げると主張した。ユーロ参加各国が出資するECBが国債買入れで損失を被り、参加各国が損失を分担することになれば、EUの基本原則に反するとした。結局、損失分担の問題について、ECBは、国債等の買入れに関わるリスクを共有する割合を2割に抑え、しかもその過半は信用力の高い欧州機関債とすることでドイツに配慮、ドイツは、政策理事会のコンセンサスでの決定を認める譲歩をした。

 ECBの量的緩和の決定を、市場は概ね好意的に受け止めたがデフレの回避、域内格差の是正に、どのくらいの効果が期待できるのだろうか。

 はっきりしていることは、米連邦準備制度理事会(FRB)の成功例を、ユーロ圏に当てはめるのは難しいということだ。資本市場が発達している米国と違い、ユーロ圏の金融システムは銀行が中心。市場メカニズムを通じた波及には限界がある。特に、南欧では、資本市場へのアクセスが限られる零細企業の割合が高く、量的緩和の効果が浸透しにくい。

 そもそも今のユーロ圏で投資や雇用が伸び悩んでいるのは資金調達に問題があるからではない。障害となっているのは、経済の先行きの不透明さ、労働関連などの各種の規制や手続きの煩雑さ、税・社会保険料の負担の重さだ。

 量的緩和はインフレ期待の変化とユーロ安を通じて一定の効果を発揮する見通しで、世界的な原油安とともにユーロ圏経済の回復を下支えするだろう。しかし、構造改革の進展がなければ、投資と雇用の問題は解決しない。

 ECBのドラギ総裁も、金融政策が効果を発揮するためには、信頼を回復し、投資の拡大につながる構造改革と成長に優しい財政政策が必要とし、政府と欧州委員会の取り組みを促した。

 財政危機以降、EUは、ユーロ参加国のマクロ経済政策の監視を強化し、財政の緊縮と歳出増につながらない規制改革で競争力を回復し、成長軌道を取り戻すことを目指した。こうした処方箋は、ドイツの強い主張で導入されたが、デフレの脅威の広がりという結果を招いた。ドラギ総裁は、自ら金融緩和の強化に動くとともに、政府と欧州委員会には財政緊縮一辺倒の姿勢を改めることを求めたのだ。

限界が明らかになったドイツ型処方箋


 なぜ、ドイツ型の処方箋はデフレの脅威を広げることになったのか。1つは、構造改革が、効果を発揮するまでに時間が掛かること。もう1つは、財政緊縮によって、長期にわたり公共投資が抑制され、構造改革の効果を高める支出も抑制されたことだ。

 財政危機に見舞われた南欧では、労働市場を中心に異例のスピードで構造改革が進展したが、失業率の劇的な改善や成長の加速はみられない。むしろ、解雇規制緩和や賃金調整などのマイナス効果が強く現れている段階だ。ドイツは、社会保障と労働市場の一体改革で成果を挙げた成功例だが、改革を実行し、雇用が拡大に転じるまでに、5年を要した。南欧は、ドイツよりも産業基盤が脆弱なため、より幅広い改革が必要だ。効果が表れるまでに、より長い時間が掛かるだろう。

 財政政策に関しても、名目GDPの3%を超える過剰な財政赤字の有無という側面だけでなく、中期財政目標に基づいて、債務残高の抑制や景気循環要因を除いた財政赤字の着実な解消を求められるようになった。結果、財政赤字の削減は進んだものの、中期的な成長に必要な投資や構造改革の効果を高める支出、例えば教育や積極的労働市場政策への支出も圧迫され、需要不足が拡大、潜在成長率も落ち込んだ。

 すでに、12年頃から、EUでは、緊縮一辺倒から成長に配慮した健全化に軸足を移し始めていたが、これまでは企業の活動や就業のインセンティブを妨げないような税制への改革に力点があった。しかし、デフレの脅威が迫り、長期不況が続く国々で社会的な緊張が高まったことで、ここにきて、有効需要を生み出すと同時に潜在成長率の引き上げに通じるインフラ投資の拡大が重視されるようになってきた。

 インフラ投資のための枠組みとして、昨年11月、欧州委員会の新委員長に就任したユンケル氏が早期の立ち上げを目指しているのが「欧州戦略投資基金(EFSI)」だ。EFSIは、EUからの資金を呼び水に官民の資金を動員し、15年から17年の3年間で3150億ユーロの長期投資を行う。欧州委員会は、財政的な余裕が乏しいEU加盟国政府に、基金の利用を通じたインフラ投資の拡大を促すため、基金への拠出が中期財政目標からの乖離の原因となった場合には、財政規律違反を問わない方針だ。併せて、南欧諸国のようにGDPギャップが4%を超えるような「例外的に悪い経済状況」の国には、財政健全化措置の一時凍結を認める方針も打ち出した。

 ユーロ圏に共通国債市場があれば、ECBはより機動的で大規模に量的緩和を展開できる。域内の成長と雇用の格差是正に使える共通財源を備えていれば、需要不足と構造的な失業、潜在成長率の低下が目立つ国に集中的に投資することもできよう。財政危機の最悪期には、財政統合の議論が浮上しかけたが、結局はドイツ主導で各国の財政運営や構造改革に関するルールと監視が強化されただけで終わった。

 足もとでは南欧の「緊縮疲れ・改革疲れ」の一方、ドイツでは「支援疲れ」が広がり、財政統合の議論が進むような状況にはない。結果として、ECBの量的緩和もEUと各国政府の財政出動も強い制約を受ける。デフレ懸念、域内格差からくる緊張を直ちに封じ込めることは難しいだろう。

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