これが「属国」ということなのだと分かった人は多いのではないか。日本の懸念をよそに、米国が北朝鮮のテロ支援国家指定を解除したことに落胆が広がっている。米国が、北朝鮮の核武装の阻止または管理ばかりを追求し、日本が核・弾道ミサイル問題と並んで解決を目指す日本人拉致問題を脇に置いたことは明らかだ。安全保障を米国に過度に依存する現状を改めない限り、保護する国と保護される国の関係が続く。日本が泣き寝入りすることはこれからも起こるだろう。
 現状のままでは、中国による核恫喝(どうかつ)など、日本の独立や多くの国民の生命を脅かす事態が起きても同盟が機能せず、日本が窮地に追い込まれる恐れはある。これだけの人口と経済力、技術力をもつ民主主義の大国として日本は、そろそろ「自分のことは自分でやる」国に戻った方がいい。それが独立と国益、国民の生命・財産を守る道であり、米国と独立国同士の強固な同盟を築く道だろう。

文句を言ってもムダ

 麻生太郎首相(68)は10月14日の参院予算委員会でテロ国家指定解除について「不満だということははっきり申し上げている」と述べ、不快感を表明した。民主党の小沢一郎代表(66)も14日の記者会見で「国連憲章と日本国憲法の理念の中に日米同盟もある。私どもは対等でより強固な信頼関係をつくりたい。今は日本の考え、意志が米国に尊重されていない」と語った。
 だが、麻生首相がいくら不快感を表明しても現実は変わらない。小沢代表は対等な同盟をつくるというが、どうやって実現するのか道筋は見えない。
 米国発の金融危機で日本は、米金融機関への公的資金注入のための巨額の米国債を購入するよう期待されているそうだ。経済的にこれほど強い位置に日本が立つことはそうないはずだが、それでも米国は外交・安全保障問題で今回のような仕打ちをしてのける。麻生政権は対抗すらできない。
 また米国はアフガニスタン軍育成を名目に少なくとも約170億ドル(約1兆7000億円)の負担を戦闘部隊未派遣の日本や欧州の同盟国に要求している。

より安全な生活を

 結局、国際社会は経済の論理だけでなく力の論理が存在し、絡み合っているのだ。核・弾道ミサイル問題でも拉致問題でも最たる当事者なのは日本だ。にもかかわらず、専守防衛一辺倒で軍事力を軽視する日本は、同盟国も含む関係国から当事者能力なき国とみなされ、肝心なところで相手にされていない。
 米国に核問題と拉致問題を天秤(てんびん)にかけないよう仕向けられなかった日本外交の敗北との見方もある。だが、北朝鮮の隣国で国力もはるかに大きい日本が、「北朝鮮問題」で目標、国益も違う米国に頼り切る方がそもそもおかしい。
 日本は経済的繁栄に平和が欠かせない民主主義国だ。再軍備を背景に外交力を増し、日本周辺や東アジアの平和、秩序の維持を追求するのが国益であり、また国際的責任を果たすことになる。周辺国が時にとるような野蛮な行動を日本がとると心配することは無用だ。そんなことを許す日本国民ではあるまい。
 自民党は新憲法草案で、自衛隊と同様、「盾」の役割(専守防衛)のみの自衛軍の保有を明記したが、日本は一歩進んで、他のすべての国が程度の差はあれ常識とする「矛(ほこ)」の役割(戦略守勢)、つまりは海外への戦力の投射・展開能力も解禁するとよい。もし必要なら核武装・核配備もタブー視することはない。これらが日本の安全と発言力を増すことになる。
 もう少しだけ安全保障に気を配れば、日本国民も東アジア諸国も格段に安全な環境で経済生活を謳歌(おうか)できる。このような声を反映する政党は見あたらないが、いずれ出現するのではないか。それを育てつつあるのは南北朝鮮、中国、ロシアそして米国だ。
(政治部 榊原智)