神戸連続児童殺傷事件。その家裁決定文の全文が雑誌に公表された騒動の最中に、人々の不意を突くようにして元少年Aによる手記、『絶歌』が出版されました。そしてその是非をめぐる議論が渦巻いたのです。

本稿では、私の臨床犯罪心理の視点から、あの猟奇的犯罪の謎の一端に迫りたいと思います。結論を先取りして書けば、『絶歌』は、猛毒にもなれば、ワクチンにもなりうる、となります。

動機なき少年事件の共通項


 これから書くことによって、ある人は私を非難し、ある人は「目から鱗」と言うでしょう。それだけ重大なことを書く覚悟を決めていることは、読者にあらかじめ知ってもらわなければなりません。

 この神戸事件以降も、動機に了解不能な点が多い少年事件が続発しています。「人を殺してみたかった」、「誰でもよかった」、「達成感があった」などと言う彼(彼女)らは、多くは成績のよい、まじめで大人しい生徒でした。私は加害少年の資料を集め、新しい精神医学・臨床心理学の知見に、日々の実践体験を溶け込ませながら、ある仮説を構築していました。別件の例を挙げて解説を試みましょう。

 今年の1月28日、名古屋大学理学部の女子学生(19歳)が主婦を殺害し、「人が死ぬ過程を見たかった」と、その動機を語りました。高校生の時に級友に硫酸タリウムを含ませ、大学入学後に他人の家に放火していたこともわかりました。いずれも「死を見てみたい」との衝動から行われたものでした。

 女子大生が使用していたTwitterのアカウントは「thallium123」で、毒性の強いタリウムに、多くの犠牲者を出した日航機墜落事故(1985年)の便名である123が付いたものです。タリウムへのこだわりは特別のようで、ここに彼女の衝動の原点を探ることができそうです。Twitterには、『グレアム・ヤング毒殺日記』という本の画像が載せられ、「実は読んだことがありまして笑笑」(2014年9月23日)と書かれていました。『毒殺日記』(アンソニー・ホールデン著)は、イギリスのグレアム・ヤングが14歳の時から始めた継母などに対する連続毒物混入殺害事件の犯行の様子を綴った本で、1997年に邦訳されています。ヤングが用いた毒物の中にタリウムがありました。

 タリウムといえば、静岡県伊豆の国市で発生したいわゆる「タリウム事件」が衝撃的でした。2005年10月31日、高校1年の女子生徒(16歳)が母親に酢酸タリウムを含ませ、意識不明の重体に陥らせたのです。そして母親が毒に侵されていく過程は日記のように克明に記録されていました。彼女は、グレアム・ヤングの『毒殺日記』を愛読していました。彼女の7月3日のブログ(6月27日開設)には、「今日は本の紹介します。グレアム・ヤング毒殺日記 尊敬する人の伝記、彼は14歳で人を殺した。酒石酸アンチモンカリウムで、毒殺した」と記されていました。

 これら3つの事件は、偶然のように一本の線でつながるのです。『毒殺日記』が日本で発売されたとき、伊豆の国市の女子高生は8歳でした。彼女は、その後に本に接し、中学生になる頃には、毒物・劇物への傾倒を示していました。名大生が伊豆の国市の事件報道に触れたのは、10歳のときになります。そして『毒殺日記』の存在を知り、同じように読み耽り、傾倒していったのです。

 ヤングは小学生の頃から毒物が人体に与える影響に関心があったといわれていますが、そのきっかけは残念ながらわかりません。年齢は8歳から12歳の間であると推定されます。ヤングに魅せられた女子高生と女子大生には共通して学力が高い反面、対人関係では困難さを抱いていたようです。グレアム・ヤングに端を発するタリウムは、日本の二人の前思春期の少女の心を次々と虜にするという連鎖現象を引き起こしたのでした。

 昨年7月26日の夜、佐世保市で起きた高校1年の女子生徒(15歳)の級友殺害・遺体損壊事件の場合は、7~12歳の間、母親に連れられて何度か農場体験に行き、家畜の豚を食肉にする過程の説明を受けています。家で孤独を過ごしていた少女は、インターネットで食肉化を調べたことでしょう。そして、動物の内臓の画像に異様な興奮を覚えたのでしょう。解剖行為の空想を繰り返すうちに抑制がきかなくなり、中学生の頃には猫の解剖をするまでにその衝動は高まったのでした。彼女も勉強ができ、中学3年のときには版画の作品で県知事賞を受けるなどの才能を発揮していました。
少年Aが太田出版から出した手記「絶歌」

 少し遡り、2003年7月1日に発生した長崎男児誘拐殺害事件では、中1の加害少年(12歳)は中学でトップクラスの成績を残していたそうです。8歳の時に友人から股間を強く蹴られ、病院に行っています。蹴られたときに「へんな気持ちになった」と語ったとされ、それから男性性器に興味を持ち、高じて男児の性器へのいたずらを繰り返すようになっていったのでした。

 翌2004年6月1日の、佐世保市で起きた級友殺害事件では、小6の加害女児(12歳)が「バトルロワイヤル」、すなわち中学生同士が殺し合うゲームに巻き込まれるストーリーの映画に強い関心を抱いていました。2000年公開の「バトルロワイヤル」は8歳のとき、2003年公開の「バトルロワイヤルⅡ」は11歳のときになります。彼女も、クラスで上位の成績を残していました。このような視点で調べていくと、動機に首をかしげるような少年事件に、一定の法則性があることに気づきます。それらにサディズムやサイコパスといった言葉を当てはめるのは意味のないラベリングに過ぎません。「なぜ?」を問う姿勢を、最後まで崩してはならないと考えています。

 加害少年らについて、さらに重要な情報があります。2000年以降、精神鑑定医や彼らを診ていた精神科医たちは、高機能広汎性発達障害やアスペルガー症候群など(発達障害の一カテゴリー)を指摘しており、そのうちかなりの割合で家庭裁判所がそれを認定し保護処分を決定していることです。長崎の事件(2003年)で診断名が大きく報じられたことを契機に、発達障害が犯罪に繋がるとの誤解が広がることが懸念され、以降は、自主的な報道規制がなされてきました。なお、これらの診断名は、2013年の米国精神医学会編纂のDSM-Ⅴへの改訂(日本語版は2014年)で、自閉スペクトラム症に統一されています。

 自閉スペクトラム症は、(1)対人関係やコミュニケーションの質的な問題、(2)限定的な興味や関心、この2つの特徴を主とし、これに社会生活上の不適応が伴うことによってはじめて診断の対象となります。併せて適応の程度も記載するよう定められています。

固着への階層


 いくつかの少年事件をあげて、自閉スペクトラム症が指摘される傾向があること、8~12歳の間に事件につながる強い刺激に曝されていること、といった共通項を述べました。もう一つ、これらに挟まれて重要な条件が存在しています。傍目には教育的な、ときに立派と称される家庭で、幼少期から厳しくしつけられたり、勉強や習い事を強いられたりすることで、子どもらしく伸び伸びと過ごすことができなかったというものです。

 多くの少年は、内心親に怯えながらも、可能な範囲で期待に添おうとし、学習などで成果を残してきました。この「やらされた人生」というのは、少年たちによって様々に表現され、たとえばタリウム事件の女子高生はネットの日記に「薇仕掛けの人形師」と題して二重のコントロール下に置かれた自分の姿を描写しています。自覚されるコンプレックスの裏に抑圧された負の感情が、のちに事件行動のエネルギーとして動員されてしまうのだと私は考えています。

 自閉スペクトラム症が犯罪に直接つながるわけではありません。三つの階層に分けることで、犯罪生起の仕組みを理解する一助となるでしょう。

・第一の層 自閉スペクトラム症の2つの症状(先天性)
 第一の特徴である対人関係の質的な問題は、親子だけでなく、友人や教師との関係においても、様々な軋轢を生じさせるリスク要因となります。いじめの被害に遭う場合もあります。また、他人の内面を推察したり、自分が他人にどのように映っているかに思いを巡らせたりすることも苦手で、無頓着になるか、主観と客観がずれてしまうことも多いのです。被害者や遺族の心に響くような反省がうまくできないのも、脳機能に一因があるのです。
 第二の特徴である限定的な関心は、一人悶々と考えたり、不安を打ち消すための常同行動を生じさせたりするので、それらもしばしばしつけや指導の対象となり、子どもにとっては強いストレスとなります。このため、愛着や信頼関係の形成がうまくいかないことも起こります。

・第二の層 被支配的で抑圧的な生育環境(幼児期から児童期)

・第三の層 犯罪につながる事柄との遭遇(前思春期:8~12歳)
 例にあげてきた『毒殺日記』や「バトルロワイヤル」、「食肉加工」(解剖)など、衝撃的な事柄との出会いは、それがたとえ一回だったとしても、かなり固定的な執着に展開していくことがあります。「固着」と呼ばれる現象です。自閉スペクトラム症の第二の特徴と関わっており、それはスペクトラムの弱い子どもたちよりも生じやすいものです。固着は、その衝撃的体験によって脳が興奮して喜ぶ、つまり快感ホルモンが大量に放出されるため、脳がその再現を求めて習慣化するという現象です。脳で自動的に進む機能なので、本人の意思や努力だけで制御するのは困難です。これが前思春期に起きやすいのは、第二次性徴に由来する「はじめての性的快感」と、衝撃がもたらす快類似体験が結びついてしまうためだと考えられます。男子の場合には、勃起や精通といった身体の変化として本人の自覚が可能ですが、女子にも類似した脳の反応が伴っていると思われます。

 男子の固着は、相手の身体への攻撃を伴う場合には性的サディズムとして、幼児に向かう場合は小児性愛として、物に向かう場合にはフェティシズムとして認知されます。女子の場合は、初期の性的満足が明らかな身体的変化を伴っていないため、同様のメカニズムであっても、本人による捉え方が男子とはやや異なってきます。名大生は、殺害を実行したあとTwitterに「ついにやった」と書き、取調べでは「達成感があった」と述べました。それだけ欲求の深い充足が生じたと解されます。

 固着は、その対象を繰り返し想像させます。そしてこの繰り返しが想像をいっそう豊かで、具体的に高め、やがて行動の段階へと移行していきます。行動の繰り返しがさらに強い欲求充足を求め、ハードルを高みへと上げてしまうといった現象が起きます。虫や小動物で試した後で人へ向かうプロセスを辿りやすいのは、脳が欲する快の水準が上がっていってしまうからなのです。