松浦肇(産経新聞ニューヨーク駐在編集委員)

 「(2008年に起きた)米銀リーマン・ブラザースの破綻と比べて衝撃度は?」

 ニューヨークのアナリストが毎月開催している投資会議。直近の会合では、国際通貨基金(IMF)に対してデフォルト(債務不履行)となり、5日の国民投票の結果次第ではユーロ通貨圏からの離脱が膾炙(かいしゃ)されているギリシャの経済危機が話題になった。

 ギリシャの対IMF債務額は、6月分を含めて185億SDR(主要通貨バスケットの特別引き出し権)と米ドル換算で260億ドルある。戦後に対IMFで債務不履行となった合計額の4倍だ。

 米バンクオブ・アメリカ・メリルリンチや英バークレイズがこのほど開催したマスコミ向けの勉強会も、ギリシャ経済に質問が殺到した。米政策金利の利上げ問題を差し置いてギリシャが人気となるのは、欧米人の性なのだろう。ギリシャは西洋文明の発祥の地であり、その末裔(まつえい)である彼らとしては人ごとではない。

 欧州で銀行が初めて登場したのがギリシャだった。紀元前の都市国家時代に、奴隷を担保にした金融業が栄えた。公的組織のデフォルトが初めて起きた国でもある。紀元前4世紀、戦費がかさんだ都市国家はエーゲ海のデロス島にあった共同金庫への借金返済が不能となり、金庫は債務の8割をカットした。

 感情的な思い入れが強い一方で、市場の反応は冷静だ。ギリシャのチプラス首相が国民投票を発表した直後は世界中の株式相場が急落したが、その後は下げ渋りの気配にある。「金融システミック・リスクの引き金になるとは考えにくい」(バークレイズ調査部門主任のラリー・カンター氏)のだ。

 市場参加者が「ギリシャはリーマンではない」(米著名投資家のマリオ・ガベーリ氏)と考えるのには主に4つの理由がある。

 第1に、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和でギリシャ国債を買い入れ対象から外すなど、ギリシャ危機は想定の範囲内。ギリシャは債権者泣かせの常習犯で、1829年の独立から現在までの半分の期間はデフォルトか支払い遅延にある。

 10、12年の金融支援を経て、会計上、ギリシャのデフォルトは織り込まれている、というのが2点目。ギリシャ国立銀行など金融機関の株価も数年前から低位にある。

 3つ目は、市場の信用創造機能に対する影響度の小ささ。ギリシャの公的債務を保有しているのはECBやIMFといった公的機関、同民間債務はヘッジファンドといった短期資金が大半だ。

 リーマン・ショックでは、リーマンの短期債務を当座預金のように換金性の高い公社債投資信託が保有し、市場発で信用不安が増幅された。

 最後に、ギリシャの国内総生産(GDP)は220億ドル程度と、13年に破綻した米デトロイト市の規模でしかない。ユーロ圏のGDP比でも全体の2%だ。

 チプラス首相の強硬路線で印象が悪化したギリシャだが、根っこにあるのは、99年に生まれた通貨統合の制度的な矛盾である。ギリシャはユーロ通貨圏に入るべきではなかったのだ。

 ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏などが提唱した最適通貨圏理論によると、単一通貨の便益が費用を上回るためには、資本、労働市場の流動性、債務などリスク共有の制度などが必要条件となる。

 圏内の一地域で景気過熱、他の地域で景気後退となるような非対称的ショックが起きても、生産財の移動が自由なら、不均衡は調整できる。

 だが、ユーロ通貨圏の調整機能は不十分だ。ギリシャで財政難、景気悪化となっても、ギリシャ国民が好景気のドイツに自由に移動して職を探し、ドイツが財政移転してくれるわけではない。

 皮肉にも、通貨統合で実力以下の通貨安を享受して外貨を稼いだドイツは、ギリシャに緊縮財政を要求し、矛先は社会保障費に向かっている。一方で、GDP比で2%超と北大西洋条約機構(NATO)加盟国としては突出して高いギリシャの軍事費にあまり触れないのは、ドイツやフランスにとってギリシャが兵器購入の得意客だからだ。

 5日の国民投票で欧州連合(EU)側の提案に「イエス」なら社会保障費の削減、「ノー」なら将来的なユーロ圏脱退で物価は高騰。どちらを選んでもギリシャ国民には「いばらの道」が待っているわけだが、巷間言われる「ギリシャ論」は正確ではない。ギリシャはリーマンではないし、ギリシャだけが悪者ではないのである。