「河野談話」で日韓関係は良くならなかった


 河野洋平元官房長官、村山富市元首相の「上から目線」の発言が止まらない。安保法制について、三人の憲法学者が集団的自衛権の行使について、「違憲」だと発言したことに勢いを得ているかのようだ。6月9日の日本記者クラブでの対談では、平成5(1993)年の「河野談話」、平成7(1995)年の「村山談話」を互いにたたえあってみせた。

 この中で村山氏は、「河野談話発表後、日韓関係は前進していたのに、現政権が寝た子(韓国)を起こした」と発言したという。事実誤認も甚だしい。民主党政権の首相だった野田佳彦氏は、平成26(2014)年8月に自身のブログである「かわら版」でそのことをはっきり証言している。

 野田氏が平成23(2011)年12月に李明博当時大統領と会談した際、李大統領は時間の大半を費やして慰安婦問題の解決を求めてきたそうである。これに対して野田氏は、昭和40(1965)年の日韓請求権協定によって法的には完全に決着しているという態度を貫いたという。その上で野田氏は「両国関係の悪化は残念ながら野田政権の時から始まっていました。その時、日本は右傾化していたのでしょうか。むしろナショナリズムとポピュリズム(大衆迎合主義)を連動させる動きが韓国側から始まったと見るべきでしょう」と言うのだ。

 野田氏の見立ては正しい。そもそも「河野談話」によって日韓関係が改善した事実があるのだろうか。

韓国の要求に屈した「河野談話」


6月2日、共同通信加盟社論説研究会で講演する河野洋平元衆院議長
 「河野談話」は、表向きには日本政府が自主的に、独自の判断で作成されたものとなっている。だが実際には、「河野談話」の文言について、韓国側との緊密な協議が行われていたことが、明らかになっている。内閣官房と外務省によって設置された河野談話作成過程等に関する検討チームの報告書「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話からアジア女性基金まで~」(平成26年6月20日)によれば、「韓国側との調整の際に、主な論点となったのは、(1)慰安所設置に関する軍の関与、(2)慰安婦募集の際の軍の関与、(3)慰安婦募集に際しての『強制性』の3点であった」ということである。

 報告書によれば、この協議で韓国側は、(1)の慰安所の設置については、日本側は軍当局の「意向」という表現を提示したのに対して、韓国側は軍当局の「指示」という表現を求めてきたという。これに対して、日本側は「軍の『指示』は確認できないとしてこれを受け入れず、『要望』との表現を提案」しているが、最終的には「要請」になっている。

 (2)の慰安婦募集の際の軍の関与については、「韓国側は『軍又は軍の指示を受けた業者』がこれに当たったとの文言を提案」してきたが、「日本側は、募集は、軍ではなく、軍の意向を受けた業者が主としてこれを行ったことであるので、「軍」の募集を主体とすることは受け入れられない、また、業者に対する「指示」は確認できない」として、「軍の『要望』を受けた業者との表現」を提案している。これに対して韓国側は、「改めて軍の『指図(さしず)』という表現を求めてきたが、最終的には「軍の『要請』を受けた業者」ということで決着している。

 (3)の慰安婦募集に際しての「強制性」については、強制連行を裏づける資料は発見されなかったにもかかわらず、韓国側の意向を受け入れ、「甘言、強圧による等本人の意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担」という表現が盛り込まれることとなった。

 このように韓国側の意向を大きく取り入れて、軍による強制を強く示唆する内容で作成されたのが、「河野談話」であった。論点となった三点を見れば明白なように、韓国側がこの問題で最も重視してきたのが、「軍による強制」ということであった。「河野談話」は、この核心部分で韓国側に譲歩を行うことにより、慰安婦問題での政治決着を図ろうとしたものである。

 河野氏は、談話を発表した際の記者会見で、強制連行を裏付ける資料がなかったことに関連して、「強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制もある」。精神的な強制というのは、「官憲の記録に残るというものではない部分が多い」などと述べ、強制性に駄目押しする発言までして韓国側を喜ばせた。だが政治決着には至らなかった。
 

「補償は要求しない」の約束は破られた


 この際、韓国側の“殺し文句”が、「元慰安婦への補償を要求しない」ということであった。93年3月13日の金泳三大統領は、「(慰安婦問題で)日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う」と表明している。その後も韓国側は、金銭的な補償は求めない方針であることを再三説明してきた。

 ところが韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などが、日本の国家補償を求めてきたために、韓国政府の方針も覆ってしまうことになる。日本側では、「女性のためのアジア平和国民基金」(「アジア女性基金」)を立ち上げ、民間からの募金による「償い」をすることになったが、韓国との関係では何の解決策にもならなかった。

 要するに「河野談話」は、日韓関係の改善どころか「反日」の機運に火をつけただけのことなのである。韓国の日本大使館前やアメリカ各地には慰安婦像が建てられているが、これは未来永劫、日本を貶めようとするものである。河野氏はこれをどう思うのか。河野氏の自宅前に慰安婦像を建てても結構だとでも言うのだろうか。