矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所・チーフエコノミスト)

 IMFは6月30日、ギリシャ政府に融資した約15億ユーロが、期限までに返済されなかったと発表した。7月1日ギリシャは先進国で初めてIMFへの支払いを延滞した国となった。

 ユーロの創設以来の矛盾がギリシャから噴出した。政治同盟のないままユーロという単一の通貨同盟は本当に機能するのかということだ。金融政策をECBに一元化しても、政治的な意思を統一しなければ、各国の経済や財政政策はばらばらのままだ。

 ギリシャは借金を返すために無理やり緊縮財政を強いられ半ば強制的に経常収支の黒字化を実現させられてきた。

 しかしその代償は6年にわたるリセッションだった。第2次世界大戦以降で最悪の景気低迷に陥った後、失業率が20%台と過去最高水準付近で高止まりし、デフレスパイラルに見舞われている。2014年は少し上向きな動きも見えたがここ数年で失った経済レベルには到底及ばない。

 経済がここまで疲弊すれば、普通であればギリシャ通貨は大幅に安くなり輸出拡大などをテコに経済政策が打てたはずである。しかしユーロは単一通貨であり、自国経済に比べて強すぎる通貨がさらにギリシャ経済に打撃を与えてきた。

 観光などしか強い産業を持たないギリシャは結局のところEU(欧州連合)・ECB(欧州中央銀行)・IMF(国際通貨基金)などトロイカからの資金融資に頼る以外なく、支援策がうたれ続けてきたのだ。

 この泥沼の状態に国民の我慢も限界となった。1月に反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA、党首:チプラス)が政権を握ったのも当然の帰結ともいえる。

 今回も過去のようにぎりぎりの交渉の中でギリシャへの支援は継続されるとの見方が主流だったが、債権団から「年金カット、消費税引き上げ」との要求が強まると、チプラス政権は、交渉のテーブルをひっくり返し「国民投票」を行うとの手段にでた。交渉のテーブルをひっくり返された債権団の不信感が爆発、6月30日の救済融資プログラムの延長を拒絶することを決定した。

 当面の注目は5日に行われる国民投票。EUなどが金融支援の条件として示した構造改革案の受け入れの賛否を問うものだ。少し前まで70%以上のギリシャ国民がユーロ離脱(Grexitギリシャのユーロ離脱)を望んでいなかった。

 ただし、国民投票でユーロに残るという決断をした場合でも問題の先送りにしかすぎない。国民投票で構造改革への賛成派が勝利しても、「否決」を訴えるチプラス政権が改革に取り組むのかは見えない。またEUとチプラス政権の相互不信もそう簡単には解けない。

 ギリシャでは預金流出がとまらない。今回チプラス首相は、「銀行休業、預金引き出し上限1日60ユーロ」という規制を導入した。これが撤廃されれば自国の銀行の信用はなく預金流出はさらに激しくなるに違いない。海外の企業にとっても休業する国の企業とは取引はしたくない。何よりも問題なのはギリシャの次世代を担う若者がギリシャからでていってしまっているという事実だ。債権団の改革案を受け入れても問題が先送りされるだけで、借金、稼げない国ではいずれ再度の債務不履行のシナリオしか見えない。

 反対に国民投票で構造改革の受け入れが拒否されれば、1999年のユーロ成立以来、初の離脱が現実味を帯びる。ユーロ離脱となればギリシャ政府は対外債務の支払い停止延期をせざるを得なくなる。国際的な信用は失墜する。国民の生活も立ち行かなくなり今以上に過酷な生活が待ち受ける。

 ただ、ギリシャがユーロから離脱しても欧州への経済・金融市場への影響はそれほど大きくないと見られている。

 ギリシャ問題はもう5年以上もやっておりその間に、債務危機に陥った国を支援する恒久的な枠組みのESM(欧州金融安定化メカニズム)が発足、ECBも金額の上限を設けない国債購入プログラムであるOMTなど危機の波及を防ぐ様々安全網が整備されてきたからだ。

 ただし、残るユーロ圏各国は短時間で統合を深めないといけなくなる。金融市場が「ギリシャの次の離脱候補」を探すにきまっているからだ。ギリシャ離脱となれば反EU、EU懐疑的な勢いはさらに増し、スペインやポルトガルなどでその動きは先鋭化するだろう。EUという大きな体制を揺るがす動きが確実に強まりユーロという共通通貨圏の存続意義を問われることになる。

 また離脱となればロシア・中国はよりいっそうギリシャに近づく。ギリシャのチプラス首相は6月19日に訪露し、プーチン大統領との会談で経済関係強化に意欲を示した。中国も関係強化に高い関心を示している。ギリシャがロシア・中国に財政支援を仰ぐ可能性は極めて高い。NATOといった安全保障を含むEUの政策全体が立ち往生しかねない危険も意識せざるをえない。

 6月28日、国民投票の実施が打ち上げられ、翌29日は世界同時株安が起こった。しかし、翌日にはその動きが収まっている。おそらく金融市場は「債務不履行」は想定内、たとえ国民投票となっても「離脱なし」と見ているからだ。

 ただ、ボールはギリシャ国民に渡された。もし長く続くギリシャの苦境に国民がもう債権団のいうことは聞きたいという選択をし、離脱に動き出すこととなれば、安全保障をも含んだ政治問題となる。この動きを織り込んでいない金融市場にとっては最悪のシナリオである。
(執筆7月3日時点)