平川祐弘(東京大学名誉教授)

悪魔でさえも描かれるほど黒くはない
Even the Devil is not so black as he is painted

 本日は過去の戦争をどう考えるか、について私見を述べさせていただく。しかし私一人が一方的に壇上から歴史解釈を述べるより、会場の皆さまにも対話に参加していただく方が意味があろうかと思い、お手許に皆さまの歴史理解をお尋ねする紙もお配りする。これからの私の基調講演の中で質問をまじえるから、その際は解答欄に○か×をつけてくださるようお願いする。後で回収させていただく。お名前を書く、書かないは皆さまの自由である。

アメリカの日本理解


 アメリカをはじめ外国の日本理解はすこしずつ進んだ。ペリー来航の1853年より80年後の満洲事変の昭和日本にはグルー大使が来日した。昭和20年には敵味方の飛行機が撃墜され、東京が焼かれるのを私は見た。第二次大戦後の私は平和の(pacific)海であるべき太平洋(Pacific Ocean)を挟んだ両国がいかにして戦争に突入したか、いかにしてまた戦いの海が平和の海に戻ったか、その過程や原因が知りたくて関係者の本をむさぼり読んだ。その中でグルー『滞日十年』(Joseph Grew, Ten Years in Japan)と『鈴木貫太郎自伝』が一番印象に残っている。そして米国には知日派の立派な人がいると敬意を抱いた(注1)。
極東国際軍事裁判(東京裁判)の法廷
 それから更に80年が経った。今はアメリカからはケネディー大使が来日しているが、米国の日本理解は更に進んでいる筈とお考えであろう。しかしその日本理解の程度はどのようなものか。アメリカ人にもさまざまな人がいることを私どもは知らねばならない。外国の日本研究者の質が劣化することはいくらでもあり得る。

第一問  2015年の実状の一例


 それでは今日のアメリカの日本歴史を研究する人たちは日本ならびに日本史についてどの程度の理解をもっているか。はじめの文章はアメリカの大手の出版社の歴史教科書の「慰安婦」の部分の一部である。

〈慰安婦。戦争における体験は女性を力づける高貴なものばかりとは限らない。日本軍は年齢14歳から20歳にいたる20万人の女を強制的に徴用し、銃剣をつきつけて慰安所と呼ばれる軍隊用の女郎屋で無理矢理に働かせた。日本軍は部隊に女たちを「天皇陛下からの贈物」として提供した。女たちは日本の植民地の朝鮮、台湾、満洲やフィリピンその他の東南アジアの日本軍占領地から連れてこられたが、大部分は朝鮮・中国出身者である。
 ひとたび日本帝国のプロスティチューション・サービスの中に組み込まれると、慰安婦は1日に20人から30人の男をとらねばならぬ。戦地にいた場合は兵隊と同じ危険に遭遇した。逃げようとした者、また性病に罹った者は日本兵によって殺された。敗戦の際にこの件を隠すために日本兵は多数の慰安婦を虐殺した。〉

Comfort Women
 Womens experiences in war were not always ennobling or empowering. The Japanese army forcibly recruited, conscripted, and dragooned as many as two hundred thousand women age fourteen to twenty to serve in military brothels, called “comfort houses” or “consolation centers.” The army presented the women to the troops as a gift from the emperor, and the women came from Japanese colonies such as Korea, Taiwan, and Manchuria and from occupied territories in the Philippines and elsewhere in southeast Asia. The majority of the women came from Korea and China.
 Once forced into this imperial prostitution service, the “comfort women” catered to between twenty and thirty men each day. Stationed in war zones, the women often confronted the same risks as soldiers, and many became casualties of war. Others were killed by Japanese soldiers, especially if they tried to escape or contracted venereal diseases. At the end of the war, soldiers massacred large numbers of comfort women to cover up the operation.  

 執筆者はジーグラー(Herbert Ziegler)、ハワイ大学の准教授である。「これが本当にアメリカの歴史教科書か」と本席においでの皆さまは呆れるであろう。この内容は事実に立脚するよりもsexual fantasyという感じがする。しかし彼ら執筆者の側に言わせれば、こうしたことは家永三郎『太平洋戦争』(岩波書店)にも出ている(因みに同書は吉田清治『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』に依拠している)と答えて変更を拒否するであろう。或いはこれは日本の歴史学者吉見義明中央大学教授の調査に依拠していると言うであろう。

 この教科書を読んで河野洋平元官房長官はなんと言うであろうか。

 吉見義明氏自身はなんと言うであろうか。

 女の人権問題については、アメリカのフェミニストは手強いから、たとい相手の言い分に間違いがあろうとも、騒がぬ方がいい、というのが以前の日本の政府や外務省のスタンスであった。岡崎久彦氏を私は尊敬したが、この点については氏は誤った。これが大失態であることがこうして白日の下にさらされた。その弱腰であった日本外務省もアメリカの歴史教科書に「日本軍は部隊に女たちを『天皇陛下からの贈物』として提供した」と書かれるに及んで、ニューヨークの日本総領事に命じて歴史教科書Traditions and Encounters: A Global Perspec-tive on the Pastを出したMcGraw-Hill Publishersに抗議させた。ところがそうした抗議も訂正申し入れも拒否され、逆に事件はエスカレートした。これはある意味で極めて興味深い新事態となったと言わざるを得ない。というのはその日本政府の抗議に対してアメリカの歴史学会で高飛車な反発が生じたからである。

 次の文章はそれと関係するが、2015年1月2日アメリカ歴史学会年次大会の席上で有志が発表するように決めたPerspectives on History(アメリカン・ヒストリカル・アソシエーション刊行のニュース雑誌)への『日本の歴史学者たちとともに立上る』という声明文の冒頭である。

〈我々歴史家として、日本その他の歴史教科書の中で第二次世界大戦中に日本帝国軍隊が性的サービス提供のために「慰安婦」なる美名の下に残酷なシステムの中で無慈悲な目にあった女性についての記述の抹消を日本政府が最近試みたことに対し驚愕の念を表明する。
 歴史家たちは性的サービスを強要された女の数が万の単位であるか十万の単位であるか、またその女たちの徴発に際して軍の関与が正確にいかなる程度であったか議論しているが、吉見義明教授が日本政府の資料を綿密に調査した結果、並びにアジア各地の生存女性の証言によって、国家によって後押しされた性的奴隷制度とも呼ぶべきシステムの本質的特性は疑問の余地なく明らかにされたといってよい。〉

 As historians, we express our dismay at recent attempts by the Japanese government to suppress statements in history textbooks both in Japan and elsewhere about the euphemistically named “comfort women” who suffered under a brutal system of sexual exploitation in the service of the Japanese imperial army during World War II.
 Historians continue to debate whether the numbers of women exploited were in the tens of thousands or the hundreds of thousands and what precise role the military played in their procurement. Yet the careful research of historian Yoshimi Yoshiaki in Japanese government archives and the testimonials of survivors throughout Asia have rendered beyond dispute the essential features of a system that amounted to state-sponsored sexual slavery.   

 そこで本席にお集まりの皆さまにまずおうかがいしたい。

一、 この声明文に署名した西洋の学者たちは「慰安婦大誤報」にまつわる『朝日新聞』の謝罪を始めとする2014年の一連の日本の大新聞や『文藝春秋』などの「20万人の性奴隷」という反日プロパガンダ形成にまつわる日本語文章をきちんと読んだと思うか。(  )
二、 「慰安婦大誤報」の訂正を余儀なくされて『朝日新聞』の評判が地に落ちたように、このような声明文に署名したアメリカの歴史学者の評判が一挙に地に落ちる日がいつか来ると思うか。(  )
三、 「アメリカの日本史学者はなぜ「二十万人の性奴隷」という神話を信じたのか」(Why did American historians of Japan believe in the myths of 200000 sex slaves?)という博士論文を書くアメリカの若手学者が将来あらわれ、アメリカの歴史教科書が「慰安婦大誤報」の訂正を余儀なくされ、その誤りを暴露した若手学者にピュリッツァー賞が与えられる日が来ると期待できるか。(  )
四、 世界各地に慰安婦像を建てれば建てるほど韓国の名誉になると思うか。(  ) 心ある韓国人は本当にそう思っているのか。
(この質問への答えを韓国の友人に聞いていただきたい)