高橋史朗(明星大学教授)

「訂正しない」と回答


 「慰安婦は天皇からの贈り物」

 こんな記述をした米マグロウヒル社の教科書に対する日本政府の訂正申し入れなどが契機となり、5月5日、欧米を中心とした日本研究者ら187人が「日本の歴史家を支持する声明」を発表し、大きな反響を呼んでいる。その後賛同者がさらに増え、5月19日現在、世界で457人が署名した。また、5月16日付け産経新聞によれば、マグロウヒル社は同紙の特派員に対し「訂正しない」と回答したという。

「慰安婦は天皇からの贈り物」などと記した歴史教科書
 さらに、5月25日に歴史学研究会(委員長は久保亨信州大教授)など国内の16団体が国会内で記者会見し、「旧日本軍の慰安婦問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体声明」を発表した。同声明は「日本軍が関与した慰安婦強制連行の事例」について多くの資料と研究で実証されてきたと指摘し、「事実から目を逸らす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい」と強調した。

 さらに、「朝日新聞の記事の取り消しをきっかけに、一部政治家やマスコミが従軍慰安婦の強制連行の根拠をなくしたような言動を見せていた」とし、「強制連行は単純に強制的に連れて行かれた事例に確定されてはならず、甘言及び詐欺、脅迫、人身売買を動員した本人の意志に反する連行事例も含めて強制連行と見なさなければならない」「最近の歴史研究においては動員過程の強制性だけでなく、動員された後の居住、外出、廃業に対する自由もなく、性の相手を拒否する自由もない、まさに“性奴隷”状態に置かれていた点が明らかになった。慰安婦動員過程の強制性も問題だが、性奴隷として人権を侵害された事実が問題だという点が、繰り返し強調されなければならない」と主張した。

 同日付朝鮮日報・聯合ニュースが真っ先にこの声明について報道し、韓国外交部当局者は「安倍総理を初めとした日本政府関係者は、慰安婦に関する議論をする時に『歴史家に任せなければならない』と繰り返し主張してきた。日本政府が今回の声明で歴史家の見解を直視して、協議での誠意ある対応を期待する」とコメントした。

 ところで、187人の声明がいかなる背景と経緯で何を目的として出されたかが注目されるが、5月16日付け「東洋経済オンライン」に掲載されている同声明の呼びかけ人となったジョージタウン大学のジョーダン・サンド教授とコネチカット大学のアレクシス・ダデン教授とのインタビューによって、以下の点が明らかになった。

(1)昨年末に安倍政権の慰安婦問題に対する姿勢を強く批判した日本の「歴史学研究会」が発表した英文声明の影響を受けた(日本文は10月15日付け)。
(2)声明は、一定のテーマに関する客観的・歴史研究がしづらくなりつつある日本の現在の状況に対する共同意見であった。米学者の多くが、ジャーナリストに対する脅迫が起きているとの報道に困惑し、日本にいる研究仲間は政府の財政援助を受けるために、ある種の問題を扱えなくなっていると聞いた。彼らが「慰安婦」問題への発言に強い締め付けを受けている。
(3)声明は読売新聞に独占記事として提供したが、返事がなかったので、ダデン教授の机の上に名刺のあった10人ほどに送り、内閣府にも日英両語の声明を送付した。
(4)声明の草案作成に深く関与したのは5~6人で、29人が核になってサンド教授に修正を求めて声明をまとめ、サンド・ダデン両名で声明の最終版を送付した。
(5)日本で影響力を持っている著名な政治学者数人とも連絡を取り、「民族主義が放置されていることが日本にとってどれだけ有害かを日本政府に伝えてほしい」と頼まれた。
(6)安倍首相が米連邦議会で何を述べるかを聞くまで声明は発表すべきではない、という意見があった。政府には、「慰安婦」問題を巡る日本の風潮に対して一定の責任がある。声明は、この憂慮すべき風潮に対する意見である。

身勝手な「学問の自由」


 サンド教授は「安倍首相に『ああしろ、こうしろ』と指図をする考えはありません」と述べているが、声明文には「首相の大胆な行動を求める」と明記し、「声明が伝えたかったことは、歴史を研究したり教えたりすることの倫理と、全ての政府は歴史家の研究を保護し、尊重する責任があるということです」と結論づけている。

 だが、「学問の自由」に干渉するなと要求しながら、自分たちの見解を受け入れよと政府に干渉することは根本的な自己矛盾と言わざるをえない。

 見落としてはならない問題の核心の一つは、声明が出された背景となった基本認識に問題があるということである。この点を明らかにするためには、187人の声明に至る経緯を振り返る必要がある。

日本の歴史学者って誰?


 まず、3月17日に秦郁彦氏が日本外国人記者クラブで発表した米マグロウヒル社の慰安婦記述の訂正勧告(日本の大学教授19人による)に対して、コネチカット大学のダデン教授が『週刊金曜日』(4月10日)に「日本政府の歴史問題への介入に抗議する」と題した反論を寄稿し、次のように主張した。

 「私たち歴史学者の意図は、……国家にとって都合のよい物語を広めようとする安倍政権の非倫理的行為に対し注意を喚起することだ。……日本の歴史学者たちは、証明された歴史を取捨選択された内容に取って代わらせようとする政府主導の動きのために、徐々に制約を加えられている。私たちは同じ歴史学者として、これら日本の歴史学者たちと団結している。……私たちが支持しているのは、多くの日本の歴史学者たちの、そして河野談話および国連の理解における核心部分である。それは、日本軍『慰安婦』の歴史とは、国家による性奴隷システムに他ならないということだ」

 「日本の歴史学者」という文言が何度も繰り返される背景には、昨年10月15日に日本の「歴史学研究会」が出した声明「政府首脳と一部メディアによる日本軍『慰安婦』問題についての不当な見解を批判する」(12月5日に英語訳が公表され、この声明が直接的契機となったことがサンド教授のインタビューで明らかになった)があり、同声明は「『慰安婦』問題に関する政府・メディアの不当な見解」に対して、以下の五つの問題点を指摘した。

 第一に、朝日新聞の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。日本が国ぐるみで『性奴隷』にしたなどと、いわれなき中傷が世界で行われているのも事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するという政策方針と矛盾している。河野談話を掲げつつ、その実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の人々を愚弄するものであり、加害の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高める。

 第二に、吉田清治証言の内容の真偽に関わらず、日本軍が「慰安婦」の強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。吉田証言の内容については、1990年代の段階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広く進められてきた。

 第三に、近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否する自由も与えられていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。強制連行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体が否定されるようなことは断じてあってはならない。

 第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、日本軍「慰安婦」に関する直接的な暴力だけでなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配、差別構造との連関性である。日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。

 第五に、一部のマスメディアによる朝日新聞記事の報じ方とその悪影響も看過できない。「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでいる。北星学園大学や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これは明らかに学問の自由の侵害であり、断固として対抗すべきである。

 最も注目すべきは、5番目の指摘内容が187人の声明に直結した点である。同声明のタイトル「日本の歴史家を支持する声明」で言う「歴史家」とは、実際には、北星学園大学非常勤講師の植村隆元朝日新聞記者や「歴史学研究会」に所属する特定の「歴史家」のことであり、これらの特定の「歴史家」の主張をうのみにして、あたかも日本政府が「学問の自由」を侵害し、歴史学者一般を弾圧しているかのように批判しているのは妥当性を欠いており、不当な言いがかりに過ぎない。この特定の「歴史家」たちが指摘してきた「従軍慰安婦」に関する見解が朝日新聞の誤報の検証によって、いかに間違っていたかが検証され明らかになったにもかかわらず、この検証結果を踏まえず、特定の「歴史家」の立場に立って、一方的に政府の言論弾圧、「学問の自由」の侵害を批判するのは、的外れも甚だしい。

事実で応えよ


 ダデン教授は3月17日の秦郁彦教授の記者会見で発表した日本の大学教授19人の声明を受けて、前述した反論を書き、「直接的な暴力による脅しを含む激しい憎悪に満ちたメールの集中砲火を浴びた」点を強調した上で、次のように批判した。

 「今回の私たちの投書はこの教科書の内容自体を議論するものではなく、それが扱う歴史について確定的な見方を唱えているのでもない。……私たちが主張しているのはこの歴史から学ぶにあたっての学問の自由である。その自由とは何かというと、国家の検閲から自由な環境で学問的な探求をし、教育を行い、出版活動を行うことである。私たちの投書に対して秦氏は記者会見の場を設置し、秦氏や彼の仲間たちが米国の歴史学者や出版社は無知だとしてマグロウヒル社に送った声明を開示した。……その失敗ぶりは奇妙であった。……この問題の本質である被害者の深刻な人権侵害から目を背ける混乱をもたらした。」

 このダデン教授の反論と歴史学研究会の声明には、共通する論点のすり替えが2点ある。

1982年9月2日付朝日新聞。朝日の誤報は日本の国際的な
信用を著しく傷つけた
 第一に、朝日新聞の誤報によって国内外に広がった「狭義の強制連行」はプロパガンダ(宣伝)にすぎないことが明らかになったため、甘言や詐欺、脅迫、人身売買を伴う、本人の意思に反した「広義の強制連行」にすり替えて、「性奴隷」に他ならないと決めつけたこと。

 第二に、問題の本質を「学問の自由」と被害者の人権の侵害という問題にすり替えたことである。ダデン教授は「その失敗ぶりは奇妙」と批判したが、「教科書の内容自体」や「それが扱う歴史についての確定的な見方」に関する歴史的事実について研究し学問的に議論するのが歴史学者の本分ではないのか。その本分を否定する非学問的態度(=反知性主義)こそ「奇妙」ではないのか。

 ダデン教授が指摘する「国家の検閲から自由な環境で学問的な探求をし、教育を行い、出版活動を行う」ことは尊重されるべきであるが、「慰安婦は天皇からの贈り物」などという教科書記述に日本政府が抗議するのは当然である。日本政府には米教科書を検閲する権力はなく、米政府を経た外交的圧力もかけてはいない。事実の誤りについて指摘すること自体を「学問の自由に対する脅威」と捉えるのは間違いであり、「学問の自由」をはき違えてはいけない。

 「自由な環境で学問的な探求を」と主張するのであれば、事実についての客観的な再検証を行い、事実をめぐる学問的議論を尽くすべきであって、「教科書の内容自体を議論するものではなく」などと歴史の真実の解明から逃げるのは矛盾している。「米国歴史学会」なのだから、日本の大学教授19人が「訂正勧告」を行った事実の間違いに対して、論点をすり替えないで正々堂々と学問的に応えるべきである。私たちが問題にしているのは慰安婦に関する評価や論評、解釈ではなく、事実の間違いに限定しているからである。歴史の解釈を政治問題化せずに、第一次史料に基づいて事実の客観的検証を積み重ねることこそが大切であり、それを踏まえた議論を深めることが求められているのではないか。