坂元一哉(大阪大学大学院教授)

米国とは仲良く、中国とは喧嘩せず


 いま、アメリカの存在感が問われています。アメリカの覇権が終わりつつあるのか、それともオバマ大統領とオバマ政権個有の性格に絡んでいる一時的なものなのか。いまのアメリカをにらんで日本はどう動けばよいのか──そうした問題が提起されています。

 私は21世紀の国際政治には二つの大きな問題があり、どちらも20世紀をどう見るかということに関係すると考えています。

 一つ目は、20世紀を1914年から1991年で区切ってアメリカの世紀とする見方です。20世紀は第一次世界大戦でヨーロッパが衰退し、それに代わってアメリカが第二次大戦と冷戦に勝って世界の覇権を握った世紀。そう見ると、軍事・政治・経済あるいはさまざまなソフトパワーを含めたアメリカの世界指導が、今後どうなるのかというのが21世紀の大問題になります。

 もう一つは、20世紀を日露戦争における日本の勝利、つまり1905年から始まって、1997年の香港返還までと見て、それまで西洋に押されていたアジアの興隆の世紀とする見方。この場合、21世紀の大問題は何かと言うと、興隆したアジアのリーダーシップを誰が握るのかということになるでしょう。

 われわれはこの二つの大問題のなかで、どういう立ち位置を選択すればいいのかしっかり考え、そのことを踏まえて中韓との歴史問題も考えていく必要があります。

 京都大学で国際政治学を教えた高坂正堯は、処女作『海洋国家日本の構想』(中央公論社)のなかで、「巨大な隣国から自己の同一性を守ることは実に難しい。日本が東洋でも西洋でもない立場を取ろうと思うならば、遠くの力とより強く結びついて、近くの力と均衡をとる必要がある」と言っています。のちに高坂はこのことを「アメリカとは仲良く、中国とは喧嘩せず」と表現しましたが、この立ち位置が、二つの問題に対応するとき非常に重要になってくるのではないでしょうか。

 21世紀の世界秩序を、アメリカと日本を含むその同盟国をひとつの「極」、政治経済的な「極」としつつ、豊かな文化的多様性があるものにしていく。その意味での「一極多様」の世界をアメリカと同盟しながら作っていく。それが日本のいまの国家目標であるべきだと私は思っています。

 中国との関係についていえば、常にある程度距離をおかないと独立を保っていられない、というのが長い間の日本の歴史的な立ち位置でした。しかし19世紀後半から20世紀中ごろまで、中国が弱体化したため日本は中国に深入りしてしまって、結局失敗した。

 いまはグローバリゼーションの時代でアジア大陸との経済関係はどうしても深まるのですが、それでも政治的には、中国との距離感が重要だと思います。

 遠くにある大国には飲みこまれにくいものですから、仲良くする。近くにある大国とあまり仲良くなると、飲みこまれるおそれがあるので、喧嘩にならない程度に距離を取る。ただ、昨今、取り沙汰されている「中国の夢」がもし東アジアでの覇権を求めることであるのならば、対抗しなければならないでしょう。

 高坂は処女作の結論として、日本はアジアの一員だといって、アジアのなかだけで日本を考えるようではだめで、世界のなかでの日本を考えなければならない、ということを言っています。これは地政学的に中国大陸から距離をとって自立しなければならない日本がしばしば陥る孤立感に対する、大切な処方箋かもしれません。アジアのなかで孤立することがあっても、世界のなかでは孤立しないようにしなければならない、ということです。

 もっとも孤立ということに関していえば、孤立をおそれて、あるいは孤立に耐えきれず、おかしな国と同盟を結んだりするのはまずい。

 われわれにはその失敗があって、中国大陸での権益維持のために中国と戦争して、そのために世界から孤立し、孤立はいやなので変な相手と手を結んでしまった。あのとき日本がナチス・ドイツと同盟を結んだ理由は、ドイツの中国支援をやめさせたかったことと、「ドイツがフランスやイギリスをやっつけてしまえば、東南アジアの植民地はどうなるんだ。われわれも発言権がほしい」ということだったのでしょう。

 でも、もしあのとき、ドイツと同盟を結ばず、孤立したままだったならばどうだったか。アメリカとあのようなかたちの戦争にはならなかったでしょうし、いつまでもナチスとの連想を歴史問題のなかで持ち出されるようなことにもならなかったでしょう。

米国は内向きになっているのか


「アメリカとは仲良く、中国とは喧嘩せず」を基本として、今後日本がとるべき外交について少し考えてみましょう。

 まず、アメリカをどう見るか。アメリカはいまでも世界最大の軍事大国で、他国を断然、引き離しています。経済力の回復はシェールガス革命で期待が持てます。そしてなんと言ってもアメリカには人を引き付ける魅力があって、アメリカ人になりたい人は多い。中国からは人が出ていくけれど、アメリカへは入ってくる。ソフトパワーが全然違うと言っていいと思います。

 それからアメリカの今の政権はあと3年で交代する。今の政権はテロ戦争から撤退するためのやむをえない政権だったのかもしれません。3年は長いですが、政権が代わればどうなるか。アメリカが今後、長期的に衰退の一途をたどっていくかどうかは、少し慎重に見る必要があるでしょう。

 「アメリカは内向きになっている」とよく言われますが、たしかにそういう面はある。国内問題重視の傾向は明白で、PEW(調査機関ピュー・リサーチ・センター)の2013年12月の調査では、アメリカ人は、五十年近い調査の歴史のなかで、最も内向きになっているという結果が出ています。

 ただ、経済的には内向きになっているとは言えないでしょう。たしかにシェールガス革命がおきてからは、中東との関係については、中東の石油の安全のために無理して頑張るという気持ちが国民のなかで薄れている可能性はあるかもしれません。ですが全体としては、外の世界との経済関係が大事だと思っているようです。

 またアメリカのようにいわば世界指導で国をまとめているところは、「内向き」には限界がある。オバマ大統領は、アメリカは「世界の警察官ではない」という例の発言の際に、世界の中でアメリカが特別な役割を果たしていることは否定していません。アメリカがいま、世界指導の意欲を失ったと言えるかといったら、それは違うのではないかと思います。

 それに、この政治家は世界指導ができそうにない政治家だとアメリカ国民に思われたら、アメリカ大統領にはなれないでしょうし、そう思われてしまう大統領は国民の支持を失い「内向き」な政策もうまくやれなくなるでしょう。そこにアメリカの「内向き」が完全な「内向き」になれない理由がある。

 はたしてそうしたアメリカ政治の感覚が変わるのかどうか。いざとなって、外からの刺激がくると、団結し強くなるのがアメリカです。2000年の選挙では、ブッシュとゴアで大接戦でしたが、9・11テロが起きた瞬間にブッシュの支持率は90%近くにまであがり、アメリカは一気に「外向き」の「強いアメリカ」になりました。

 そういうことがあるので、今の状況に、あまりとらわれ過ぎない方がいいかもしれません。