ヘンリー・S・ストークス(元『ニューヨーク・タイムズ』東京支局長)
加瀬英明(評論家)
北村稔(立命館大学教授)

中国に幻惑される米国


加瀬 安倍首相の靖國参拝に対しての世界の反応を見ると、いかに中韓の宣伝戦が成功しているかがわかりますね。同時に、日本がどれだけ宣伝戦において遅れをとっているか、ハッキリしたと思います。

 昨年12月、ワシントンを半年ぶりに訪れましたが、アメリカはこんなに変わったのかとショックを受けました。オバマ政権もそうですが、議会も、主なシンクタンクも、中国の目覚ましい興隆がこれからも続き、日本は衰退していくという認識なんです。

尖閣諸島を覆うように設定された中国の防空識別圏(英『エコノミスト』誌)
 ちょうど中国が尖閣諸島を覆うように防空識別圏を設定しました。アメリカはそれを認めないといい、グアム島からB-52を2機飛ばして、その防空識別圏を横切らせるという、型通りの反発はしましたが、それだけでした。バイデン副大統領は北京で習近平と会いましたが、本当にアメリカが中国の防空識別圏に対して強く反発するのでしたら、訪中すべきではない。しかも、会談時間は安倍首相の倍の時間を費やしています。

 1996年に李登輝総統が総統選挙に出た時に、中国が台湾を威嚇するため、台湾海峡にミサイルを撃ち込んだことがありました。あのときは、アメリカは第七艦隊を台湾海峡に派遣し、すぐに上院で中国の危険な挑発について公聴会が開かれました。しかし、このたびの中国の防空識別圏設定に対して公聴会のカゲもありません。

 中国に対する非難がほとんどゼロなのに、安倍首相の靖國神社参拝については、アメリカの識者やマスコミは「暴挙」「挑発的」という議論ばかりです。

 駐日アメリカ大使館は「アメリカ政府は失望した」と発言しましたね。ところが、小泉首相が6回にわたって靖國神社を参拝したときには、ブッシュ政権は一言も批判めいたことを言っていません。この数年でアメリカが大きく変わりました。

北村 それは民主党のせいなのでしょうか。それとも、アメリカ議会筋に変化があったのでしょうか。

加瀬 中国に幻惑されているのだと思います。支那事変のころ、介石政権はアメリカ議会、研究所、マスコミを金漬けにしました。それと同じことを今の北京政権が行なっている。ワシントンポスト紙には毎日チャイナ・デイリーの英語版が折り込まれているのです。

英語メディアの重要性


北村 そう、英語のメディアって大切ですよ。中国人がやっているように、お金を使って英語で世界に自国の主張を広げるということは、情報戦の基礎ですよね。日本人はあいかわらず情報戦への認識がない。「謀略」を嫌がりますし、「無謀」という言葉もある。日本人のスタンスは謀略と無謀の中間だと思うのです。「謀略をやると相手を騙しているようで悪いし、無謀って言うとバカだ」と(笑)。

ストークス 日本人はこちらが誠意をつくせば、相手もそうこたえてくれると思っている。のんびりしているんです。

北村 中国人なんて、孫子の時代から二重スパイが一番大事で、君主たる者は、二重スパイをいかに使うかが資質として求められたのです。

『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社)
加瀬 ストークスさんとの共著『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』(祥伝社新書)のような、時系列で追ったものが今までなかったのですが、やっていて、日本の喜劇性とアメリカとの差に然としました。

 アメリカは一貫して日本を叩き潰そうとしていましたが、日本は最後まで誠意をもって和平努力を続けていました。これは、昭和天皇が謀略などを一切お許しにならなかったことが大きいと思うのです。

 アメリカではルーズベストの前任者のフーバー大統領の回想録が一昨年出ましたが、その中で「このあいだの日米戦争はルーズベルトが一方的に悪い。ルーズベルトが仕掛けた戦争だった。彼は狂人だった」と書いています。

北村 蔣介石の国民党からすると、アメリカが出てくると日本に勝てるわけですから、真珠湾攻撃の日の彼の日記には、「神は助け給うた」と書かれていますよ。アメリカに参戦してほしいので、蔣介石は色々な謀略をするのです。国際宣伝処をつくって、「日本軍は残虐で中国人は一所懸命抵抗している」ということを、英語メディアに訴える。外国人記者を抱え込んで、ネットワークを作るんですね。

今もいきる「記者協定」


加瀬 日本は日中記者協定で「中華人民共和国を批判するような報道はしません」と取り決め、今でも有効なんです。

ストークス 日本の新聞・テレビは、言論の自由を自ら否定している。それでいながら、民主主義という言葉をさかんに振り回す。その言葉を使う資格があるのか、と言いたい。

北村 だから、中国で暴動が起こっても、映像を他の通信社から買って流しているんじゃないですか。

 以前、日本の新聞社の北京支局に行ったら、雇っている現地の中国人スタッフに話を聴かれてしまうから、「外で話そう」と連れ出されました。そのときの話では、中国人スタッフを雇わなければならないのだ、とのことでした。中国の情報網が緻密に張り巡らされて、日本は頭から抑え込まれている状態なんです。

 中国人は長い歴史の中で、外交でいかにお金を使って相手を取り込むかということに長けています。

 かつてアイリス・チャンの『レイプ・オブ・ナンキン』の売れ行きがすごいと騒がれましたが、あれは在米華僑が買い占めたのです。アメリカ人の編集者たちの間ではそう言われていました。お金を使って操作し、事態を盛り上げていくのは昔も今も得意です。共産党も国民党も、同じ知恵を持っているんでしょうね。

「アメリカ人が幻惑されているのではないか」との話がありましたが、まさにその通り。中国人のパフォーマンスは決して弱気になることはありません。深刻に考えたりせず、強気で押してきます。ビジネスでも何でもそうです。

 日本人は「おとなしくて誠実にしていれば正義は理解される」と思っていますが、そんなの相手にわかるはずがありません。中国人は思い切りお金を使って自分に有利なようにする。を言うことに対しての恥の概念がまったくありませんし、政治のレベルから個人のレベルまで徹底しています。これでは日本人はかないませんよ。

中国人を好む米国人


加瀬 以前、日本政府の対米折衝をお手伝いしたときに、キッシンジャーが国務長官でした。お酒の席で「なぜアメリカ人は日本人より中国人を好むのか」と聞いたことがあります。すると、「中国人は論理的で話がわかりやすいけれども、日本人は何を考えているのかさっぱりわからないから苦手だ」と言われました。ストークスさんも最近のご著書の中で「西洋人はディベートの社会であり、中国人も同じくディベートの社会だ」とおっしゃっていますよね。論理的で「正しい、間違っている」の判断がはっきりしています。

北村 中国人は、論理的でなくても、自分に有利なように見せかけることが得意なんです。理屈を言ってダメだったら、また別の理屈を持ってきて、理屈を積み重ねていきます。そこに「恥ずかしい」という概念はありません。

加瀬 アメリカ人も多分にそうですね。

ストークス 日本人は和を大切にしているので、私が正しい、おまえは完全に間違っているといって、相手をやり込めることをしません。リクツ(理屈)といって、嫌われます。白と黒をハッキリさせずに、相手の顔も立てようとしますね。ところが、日本の外では和の心は通用しません。日本人のよい面が、外国では裏目に出る。

北村 個人的な話で恐縮ですが、私は外国に行くとダブルスタンダードで行動します。問題が起こったら常に権利を主張するようにしています。自ら引いてしまうと、やられる一方だから。

加瀬 ストークスさんは日本外国特派員協会(=FCCJ)の最古参ですよね。

ストークス ロサンゼルス・タイムズのサム・ジェームソン氏が私よりも少し前に来日しましたが、サムが他界したので、私が最古参です。

加瀬 僕も協会の古いメンバーで、実はストークスさんよりも古参なのですが、協会所属記者のほとんどが反日ですね。たとえば、ニューヨーク・タイムズの特派員でニコラス・クリストフ記者はとにかく日本を憎んでいるとしか思えなかった。

ストークス 彼には中国生まれの中国人の奥さんがいますから、その影響もあるかもしれません。

加瀬 あるとき、クリストフ記者が僕に取材をしにやってきたのです。僕は昔からニューヨーク・タイムズに署名原稿を書いていて、ニューヨーク・タイムズの持ち主だったイフジン・サルツバーガー夫人と個人的に親しくしていたので、手紙を何通か持っていたのです。それを見せたら突然態度が変わって椅子から床に落ちそうでしたよ(笑)。インタビュー記事を見たら、僕のことを褒めているんです。

北村 アハハハハ(笑)。