「女性のオス化」が話題になるのはどうしてなのか。そもそも「女性のオス化」現象は本当にあるのか。コラムニストで「草食男子」の名付け親でもある深澤真紀さん(48)は「気のせいでしょう」「言葉遊びの一つぐらいに受け止めたら」と語る。でも、どうして気になってしまうのか。深澤さんにもう少し詳しく背景をうかがった。


 「女性のオス化」に根拠はなく、「気のせい」のようなものでしょう。ヒゲだって昔から小6くらいの第二次性徴期の女の子でも、濃いうぶ毛が生えていたし(今は母親が剃ってくれることも多いようですが)、肌が脂ぎるのも日本の熱帯化のせいでしょうし。女性の美容意識が上がり過ぎた結果、細かい所まで気付くようになっただけ。今、女性のメイクでは「毛穴を消す」ことが人気ですが、毛とか汗とか、美容上ジャマなもの、人間らしいところがオスっぽく見えてきてしまっているのでしょう。

 過労やストレスによるホルモンの乱れで生理が止まったとかは健康上の別問題。「オス化」って、女性誌などのメディアがいい始めた脅迫のようなものですよ。

 日本の女性誌はよく作られているぶん、多くの女性の生き方に影響力を持つようになりました。そして、女性誌を作っている女性編集者やライター自身が過労死しそうなほど働いているから、働き過ぎとか深酒とか、自分のどこかにストップをかけないと「このままだとヒゲが生える」みたいな危機感がある。そんな“あるあるネタ”や“自分ツッコミ”の最たるものが「オス化」。読者もNGワードに自罰的に反応して自分を律しようとしているんです。

 同じ男性化を示す言葉でも、日本の女には自分で自分のことを「ハンサムウーマン」っていうようなずうずうしさはない。(米大統領選の出馬を決めた)ヒラリー・クリントンさんだったら、自分のことをそう思っているかもしれませんが(笑)。

 この30年、女性の社会進出とともに女性誌は発展した。アジア唯一の先進国で女のロールモデルがないところに自分たちの手本を作ろうと頑張って、海外にない独自の女性誌文化を作り上げた。女が女を鼓舞するために作ったメディア、いわば自主憲法が、今は自家中毒を起こしているようだ。

 女性誌の黎明期である1980年代には、野心的なマドンナや林真理子さんが登場し、「女の時代」といわれたが、当時の女性たちはまだ男の目線を気にしていた。メークも性的な象徴である唇で男を誘う、ルージュの時代だった。

 それが2000年代は女同士の関係性が重要になる「女子の時代」になり、女ウケはいいけど、男ウケは悪いアイメークやネイルアートが流行、男から「そんなのかわいくないよ」などといわれようものなら、「はぁ? あんたたちにウケようなんて思ってないよ」と言い返すくらいです。

 「美魔女」なんて、女の“女装”であり、マニア化の極地で、女という趣味であり娯楽なのです。

 でも、女性は仕事も家事も育児も忙しい。そのうえで女という趣味を表現するためには、見えない所で手を抜かざるをえない。それはズボラ化です。女のなかにあるマニアとズボラのバランスがちょっとおかしくなったと感じたときに、「ハッ、私オス化してるかも」という反省が起きるのでしょう。でもそんな反省はしなくてもいいのです。

 一方で男性のメス化が進んでいる? いいことですよ。本当は昔の方がよっぽど男は女々しかった。団塊やバブル世代の男は、男というだけで下駄を履かされていただけ。下駄がなくなった今は、逆にいうと男女同じ目線でものが見えるようなったんです。能力も個性も男女差じゃなくて個体差だよって。だから、女より男らしくない男がいるのは当たり前。男性も解放されてきたという証でしょう。

 今はまだ過渡期です。たとえば職場で女として見られるのは不快なんだけど、一方で女として扱われなくてもなんとなく不満に思ってしまう。仕事なんだから、女扱いなんかされないほうがいいと思い切ってしまえばいいのです。

 性別によって役割を押しつけられたり、役割を制限されていた時代が続いていたわけですが、やっといろいろな生き方が多様化してきたのです。「オス化」は言葉遊びのひとつとして、面白がるくらいでちょうどいい。

ふかざわ・まき 東京都生まれ。早稲田大学卒業後、出版社勤務を経て独立。平成18年に「草食男子」「肉食女子」を命名。3年後に「草食男子」が流行語大賞トップテンを受賞した。著書に『日本の女は、100年たっても面白い。』など。コラムニスト、淑徳大学客員教授。