「男スイッチ」の正体


 働く女性の「オス化」なる現象が(再び)話題になっているらしい。女性が“男並みに”夜中まで働き、朝まで飲み明かすなどしているうちに、「なんとなく男前になる」、「行動がガサツになる」はたまた「ヒゲが生えてきたり、体毛が濃くなったりする」など、生物学的には女であるはずなのに、男性ホルモンが分泌されたかのような現象が起きること、イコール「女性のオス化」という説明をよく見かける。この「女性のオス化」、なにも今になって始まったことではない。

大ヒット漫画『働きマン』は2007年に菅野美穂主演でドラマ化された
 2004年から2008年にかけ、講談社のモーニングで連載されていた大ヒット漫画、『働きマン』(安野モヨコ、休載中)では、主人公で、週刊誌の記者としてがむしゃらに働く松方弘子(28歳女性)が、「仕事モードオン、男スイッチ入ります!」と叫ぶ場面が話題になった。このセリフは、弘子が仕事において重要な場面に出くわした際や、重大な事案に取り組む際に発せられる。そういう時、弘子は生身の女でありながら、「男スイッチ」を入れて「男になる」。今風に言えば、弘子は瞬時に「オス化」しているとも捉えられる。「女」のままでいたら、無我夢中で働くことなんてできない。だから、あえて「男スイッチ」を入れる。この場合の「男」とは、生身の男とはまた違う、観念的な存在だ。リスクも顧みず、全力で働く「ふるまい方」のようなものである。

 一方で彼女は、「怒るもんか……くそ!! 酒が飲みたい」というセリフ(第1巻)にあるように、理不尽な出来事にあった際、世の男性と同じように(?)、深酒でストレスを紛らわせる。仕事は大変だし、疲れる。プライベートの時間はなく、女の記者は特に、差別やセクハラに遭いやすい。そういう環境を逆手に取って、「女」を売りにして仕事を取るような行為は、絶対にしたくない。弘子は「私にしかできない仕事がある」という、ある種のやりがいとプライドに支えられて働いている。そんな彼女の「男スイッチ」は、女が厳しい労働環境下で働き続けるためのプライドを維持し、気分を上げるキーワードだった。

源流は70年代の「飛んでる女」?


 女性は元々、社会の変化を受けやすい存在だ。「勤め人」以外の選択肢があまりない男性と比べ、女性たちはめまぐるしく変わる社会情勢とともに、生き方のバリエーションをどんどん多様化させてきた。よって、女性は男性よりも、そのライフスタイルが「カテゴライズ化(類型化)」されやすい存在である。

 70年代には、自由な生き方を模索する「飛んでる女」が注目された。バブル期にはマガジンハウス創刊の雑誌『Hanako』が、「キャリアとケッコンだけじゃ、いや」とぶちあげ、都市部在住で可処分所得が高く、流行に敏感な女たちが、仕事で稼いだお金で海外旅行やブランド品の消費を楽しんだ。「消費社会×女」の新たな生き方が話題になる一方、彼女たちの「結婚」は後回しになり、平均初婚年齢は上昇を続けた。

 90年代になると、おじさんのように赤ちょうちんで飲み明かす「オヤジギャル」が流行した。そうかと思えば、優雅な専業主婦ライフを送る「シロガネーゼ」や「コマダム」も憧れの対象に。00年代には再び「働きマン」が一定の支持を集め、最近では「草食化」する男性に対して、異性に積極的な「肉食女子」、その対極の「干物女」や「こじらせ女子」なども現れた。仕事とファッション、恋愛など、人生すべてを楽しむ「キラキラ女子」や、細く長いキャリアを追求する「ゆるキャリ」女子など、現代の女性を表すキーワードは枚挙にいとまがない。というわけで、「バリバリ働く女性たち」の容姿や内面が「オス化」しているという類型化は、「何をいまさら」なのである。その源流は70年代の「飛んでる女」にもあったし、バブル期の「オヤジギャル」、00年代の「働きマン」にも、確実にあったのだから。

「自分をカテゴライズしたい」という欲求


 様々な類型化がなされてきた一方、女性には「自らをカテゴライズして安心したい」という心理もある。たとえば、「私は『こじらせ女子』です」と表明することで、女らしさから距離を取ることができ「ラクになった」という女性がいる。「バリキャリ系の女上司がいるけど、ああはなりたくない」という女性もいる。様々な「カテゴリー」に属する他人を見て、「私とは違う」と感じたり、「自分と似ているかも」と納得したりしながら、自らを特定のカテゴリーに当てはめて安心したい。女性たちの一部には、そんな気分もある。

 もし、「オス化」を自認する女性がいるとすれば、「男女平等」とは名ばかりの厳しい労働環境下で疲れきっている「私」を、半ば自虐的に「『オス化』しちゃってるな~」と、認識しているのかもしれない。「オス」+「化」という言葉には、「生物学的には間違いなく私は女だけど、仕事のストレスやら何やらで、オスのようになっている」というニュアンスがある。その背景には、「今は『オス』みたいになっているけど、ちょっと意識すれば、『女』を取り戻すことは可能だ」という意識もある。

 女らしさは仕事やストレスですり減ってしまうけれど、そんなもの、「女らしい」スカートやハイヒールを履いたり、綺麗なネイルアートを施したり、美容に気を使ったりすれば、すぐに取り戻せるもの。要は仕事上で他人に見せる「女らしさ」など、コスプレのようなものなのだ。だって「女らしさ」なんて、ちょっとした行動で「装う」ことができるものだから。「オス化」というキーワードには、現代の働く女性たちの、そんな「女らしさ観」が凝縮されている。女子たちよ、「オス化」を恐れるなかれ。