田母神(たもがみ)俊雄前航空幕僚長(60)が「我が国が侵略国家だったとするのは濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)」という自虐史観を否定する論文を発表したことで政府、与野党、多くのマスコミの逆鱗(げきりん)に触れ、空自を追われることになった。このような田母神氏への仕打ちは、日本の自由と安全保障を損うものだ。歴史問題が今なお、日本を独り立ちできないようにする政治的、心理的武器となっている。自国ばかりを侵略国家だったと貶(おとし)める自虐史観に縛られた軍隊(自衛隊)など、いくら兵員や武器をそろえてもムダだ。政治家や自衛隊員が心の武装解除していては「いざ鎌倉」の際に臍(ほぞ)をかむことになるだろう。

文民統制とは

 空幕長が服すべき文民統制(シビリアンコントロール)は、自衛隊の作戦行動(運用)や編成に関して、内閣や首相、防衛相、国会から正当な手続きに則って下される指示に従うことだ。
 論文は個別の歴史事象について拙(つたな)い部分もあるが、歴史をめぐる論文や教育が文民統制からの逸脱だと指弾されるなどバカバカしいにも程がある。文民統制をはき違え、憲法が保障する「言論の自由」「表現の自由」を踏みにじるものだ。日本も野蛮な国になったものだ。
 「歴史」が政治問題化するのは外国の内政干渉を許しているからで、こちらの方がよほど重大な問題だろう。
 田母神氏は論文でこう主張した。
《東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとした。そのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなるとすぐ暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。
領域の警備も集団的自衛権の行使も出来ない。武器の使用も極めて制約が多い。攻撃的兵器の保有も禁止されている。他国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦(がんじがら)めで身動きできない。
このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない》
 さらに、11日の参院外交防衛委員会での参考人質疑では次のように語った。
《日本は自衛官の一挙手一投足まで統制する。論文を出すのに大臣の許可を得る先進国は多分ない。これだけ徹底していてまたやるとなったら、自衛隊は動けなくなる。
日本の国をいい国だと思わなければ頑張る気になれません。悪い国だ、悪い国だと言ったんでは自衛隊の人もどんどん崩れますし、きちっとした国家観、歴史観を持たせなければ国は守れない》

李鵬氏の放言

 命がけで戦う隊員の統率を考えてきた人の発言には重みがある。だが、防衛省が主に野党の主張に押され、自衛隊の教育を「自虐史観」で覆い尽くす恐れが出てきた。
 1994年のことだが、豪州訪問中の中国の李鵬(りほう)首相(80)はジョン・ハワード豪首相(69)に対して次のように言い放った。
 「今の日本の繁栄は一時的なものであだ花だ。その繁栄をつくってきた日本人はもうすぐこの世からいなくなりますから、20年もしたら国として存在していないのではないか。中国か韓国、朝鮮の属国になっているかもしれない」
 李氏は日本が物理的に侵略されて亡びるよりも前に、日本人の“心が溶けて”消え失せると言ったのだ。

首相の「本音」と判断

 麻生太郎首相(68)は13日の参院外交防衛委員会で改めて「村山談話」の踏襲を表明。さらに田母神氏の論文を「極めて不適切」とし「再発防止に万全を期す」と述べたが、本音では自虐史観を嫌っているはずだ。内閣支持率や衆院選への悪影響を避けるために田母神氏を切るのが現実政治なのだろう。
 だが、景気対策は誰にでもできる。今回の問題は、内閣を賭(と)して、自由の尊さや自虐史観からの脱却を国民に訴える価値はあった。それで退陣に追い込まれても後世、国民精神の立ち直りに寄与した宰相と呼ばれたのではないか。
(政治部 榊原智)