産経新聞の女子特区紙面は2年前に開設された。

 平成25年6月7日付の第1回は「働く妻を伸す男たち」と題して、安倍内閣の2人の女性閣僚、稲田朋美さん(当時行政改革担当相)と森雅子さん(当時少子化・消費者担当相)の夫の支えぶりを特集した。

 続いて、「女子力」の本質を見極めようと、男性の職場とされる佐川急便で働く「佐川女子」。「なでしこ防災」「婚活」、「働くおかあさんが輝くには…」「テレワーク」「家事ハラスメント」なども取り上げた。少しやわらかいテーマでは「カープ女子」「競馬女子」、「女子マネって?」。

 自分が所属する部局を超えて記事、レイアウト、デザイン、写真、ほぼ女性で作りあげる。

部局を超えて、ほぼ女性で紙面企画を作りあげる「産経女子特区」。目が離せない企画を次々に生み出そうと日々苦闘中だ(写真はイメージ)
 新聞社が部局をこえてチームを編成し、大型の連載企画やキャンペーンを展開することは、必ずしも珍しいことではない。しかし女性というキーワードで部局を超えて、紙面を作る試みはほとんどなかったといってよいのではないだろうか。

 ただし、「今さら女子?」という思いも当初はあった。募集、採用などに男女差をつけることを禁止した1999年の男女雇用機会均等改正法施行後の世代だからこそ、「女性」と性別に色分けされるのを意識的に避けてきたからだ。

 産経新聞もまだ、女性の社員は少数派だが、それでも、男性の持ち場とされてきた、いわゆるサツ回りという事件担当を女性がすることは珍しくなくなっている。

「女子」の定義 男性は32歳、女性は43歳


 「女子」という言葉に対しては、「何歳までが女子と言えるのか?」という素朴な疑問もある。

 サンケイリビング新聞が10~70代の男女300人の読者を対象に調査によると「女子」として、男性が許すのは32歳まで、女性は43歳までだった。男女で10歳以上も差が開く。

 「おばさん」は平均47・5歳。ただし子供がいない女性は50代、60代でも「おばさん」と呼ばれるのは許せない傾向がある。
 
 産経女子特区の担当者は20代~40代である。

 自ら「女子」と呼ぶにはためらいがあるが、「女子会しよう!」と飲み会を企画するときの女子会には違和感はない。70歳すぎの我が母親も、友達との食事会を「女子会よ」などと、苦笑しつつも口にする。
 
 とすると、女子特区の「女子」もよいではないか、という気になってくる。

時代の変遷


 5月15日に掲載した女性の「オス化」の企画では、女性を表す言葉の時代の変遷を紹介した。

 子連れ出勤をめぐるアグネス論争、平成元年には裁判でセクシャルハラスメントが認められ、参院選には社会党女性候補が圧勝し、「オバタリアン、マドンナ旋風」が吹き荒れた。

 片耳に赤鉛筆をはさみ、競馬新聞を読み、居酒屋で焼酎を頼み、くだをまく。いわゆる「オヤジギャル」が登場し、このときは、女性の側からも「はしたない」と批判の嵐がおこった。

 未婚、子なしは「負け犬」と定義してみせたエッセー「負け犬の遠吠え」(酒井順子著)。仕事に生きるがんばり女性を描いた漫画から「働きマン」、一方で、恋愛に意欲をみせない「草食男子」。その正反対の恋愛に積極的な「肉食女子」…。

 最近は、女性よりもこまめに肌の手入れをして脱毛もするといった男性も登場し、「女子力男子」と呼ばれている。ただし、外見は女性的だが、「ロールキャベツ」の場合もある。女性にもてるため外見に気を遣っているが、見た目とは裏腹に心はオオカミという場合もあるからだ。

女性は歓迎されている?されていない?


 「嫉妬(しっと)」「妬(ねた)む」「姦(かしま)しい」など、女がつく漢字の形容詞は、ネガティブなものがほとんど。出世を目指す社会では、男性の嫉妬は女性の比ではないだろうし、これらの形容詞も女性の専売特許ではないのにどうしてなのか。これまで疑問に思ってきたことだ。

 アベノミクスでは女性の力を活用するという。だが、女性の幹部登用の数値目標を設定することには「女性だけ特別扱いでずるい」「不公平、不平等」と感じている男性も少なからずいる。一方、少子高齢化による人口減少だから女性を労働力として期待するというのも、今のままの状況ではムシがよいように思う。女性だからといって特別扱いされることも、かといって性別を無視されるのも、どちらも釈然としない。

 コラムニストの深澤真紀さんからは「女子特区」について、「産経と女子って、最もかけ離れた一番おさまりが悪い言葉の組み合わせだと思っていたけど、産経にもこういう流れがあると知って心強いですね」という言葉をいただいた。

 その励ましに恥じないよう、少々とんがっていても、目が離せない企画紙面を次々に生み出していきたい。(産経新聞女子特区担当 杉浦美香)