田村秀男(産経新聞特別記者)

 中国・上海株の下落に歯止めがかかりそうにない。ギリシャのデフォルト(債務不履行)に伴う世界の市場波乱のせいではない。習近平政権が進めてきた株価引き上げ策が今や裏目に出て、株価を押し下げる罠にはまってしまった。罠とは信用取引である。

 信用取引は、投資家が証券会社からカネを借りて株式投資する。人民銀行が利下げすると、証券会社の資金調達コストと投資家の借り入れコストが下がるので、たちまち信用取引が活発になる。証券会社は投資家への貸し出しによる金利収入が大きな収益源になるので、新規株式公開(IPO)や増資で自己資本を拡充し、貸出余力を大きくしてきた。

 上海株式市場での信用取引による買い残高は6月中旬時点で29兆円以上、3兆円弱の東京証券取引所の約10倍である。時価総額では上海は東証よりも2割弱大きい程度だから、上海の信用取引の度合いの大きさは、ず抜けているとみていい。昨年11月初めから今年6月初旬までの間に、上海株価は約2倍、信用取引残高は3倍に膨れ上がった。

 グラフは上海株価指数と信用取引による1日当たりの信用買いである。信用買いの膨張とともに株価が大きく上に振れ、縮小とともに下落する連動ぶりがよくわかる。中国人民銀行は昨年11月、今年3月、5月、そして先週末に利下げしたが、そのたびに信用取引がぐんと伸び、株価上昇に弾みがついてきた。
 人民銀行の利下げは、信用取引を拡大させて株価を引き上げる。人民銀行は日銀のように政府から独立しているわけではなく、党中央の指令下にあるのだから、習国家主席が株高の号令をかけるだけで株価が上がる仕組みなのだ。

香港ハンセン指数を示す株価ボード
 前回の本コラムで触れたが、上海株価暴落の引き金を引いたのは、党中央によるもう一つの株価引き上げ策である。11月の利下げとほぼ同時期に実施した上海と香港の株式の相互取引による上海市場への外国人投資家の呼び込みだ。

 香港市場を経由すれば外国人投資家が初めて中国政府の認可なしに上海株に投資できるようにした。ところが、外国投資ファンドは逃げ足が速く、バブルとみるや、いち早く売り逃げて、巨額の売買益を懐にした。

 株価の急落が始まると、信用取引が急激に縮小し、株価の崩落が加速する。株価がピークに達した6月12日以来、6月末までに信用買い残高は3兆円近く減った。株価が暴落すると、値上がり益で借金返済する当てが外れた投資家は期限までに証券会社に返せなくなる。証券会社は投資家への貸付資金を銀行から借り入れているので、最終的には銀行の不良債権となる。

 銀行は不動産バブル崩壊に伴う地方政府や不動産開発業者向けに巨額の不良債権を潜在的に抱えている。北京はさらに利下げを連発するしか打つ手はないが、バブル延命策に過ぎず、効能はすぐに切れるだろう。