上念司(経済評論家)

 まず勘違いしてはいけないことがある。今回の暴落によって中国の実体経済が悪くなるのではない。元々中国の実体経済は悪かった。それなのに、株が上がっていた。みんながおかしいと思ったが、みんなで渡れば怖くない(ハーディング効果)と中国の個人投資家はこぞって株を買った。しかも、借金をして手持ち資金の何倍ものポジションを構築した。株価が右肩上がりであり続けるなら、彼らは巨万の富が得られたであろう。しかし、そうはならなかった。

 そもそも、中国の実体経済を表す経済指標を信用できない。かつて李克強はそのように語ったことがウィキリークスに暴露されている。アテにならない数字の中で、多少でも参考になるのは電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高の3つだ。いま中国の経済政策を仕切る李克強首相さまがそう言っていたのだからきっとそうだろう。

 5月の鉄道貨物輸送量は前年比-11.5%で、もう17ヵ月連続で減少が続いている。電力消費量は前年比+1.8%だが、昨年の+3.8%に比べると、伸び率が大幅に鈍化している。そんな中で、年末から銀行融資だけが前年比+14.3%と伸びている。

 物流が減って、電力消費も減っているのに、銀行融資が伸びているということは何を意味するだろうか?つまり、実体経済はどんどん停滞しているのに、お金だけが市場に出回っているということだ。

 元々、中国の経済的な停滞は日本のようなお金不足(デフレ)によってもたらされたものではない。どの国でも、高度経済成長は余剰農民が都市部に出稼ぎに出てくることで生じた無限の労働力に支えられている。この点では日本も中国も変わらない。しかし、その無限の労働力の供給が途絶えるとき、高度経済成長は終わる。これを「ルイスの転換点」という。

 1960年代後半に入ると、日本では余剰農民がいなくなりルイスの転換点を迎えたと言われている。中国においても、リーマンショックが発生した2008年以降、同じようにルイスの転換点を迎えたと見るのが一般的だ。

 しかし、中国共産党はこの経済の掟に逆らって、高度経済成長を続けようとした。7%という経済成長率の目標は、低成長社会に向けての通過点だとしても依然として高すぎる。それでも、彼らがこの目標を下げられない理由は、しょうもないメンツの問題だ。

 中国共産党は「抗日戦争」など全く戦っていない。旧日本軍と戦ったのは国民党の国民革命軍であり、共産党はゲリラとして山に籠り、仲間同士で殺し合いをしていただけだ。そもそも、大東亜戦争の終結は1945年であり、中華人民共和国の建国は1949年である。一体どうやって日本と戦争したのであろうか?

 もっと正確に言えば、毛沢東は共産党ゲリラが日本軍と交戦することを禁止し、交戦して戦力を消耗した隊長には懲罰を与えていた。ひたすら戦力を温存し、日本と国民党軍を戦わせて双方を消耗させようとしていたのだ。つまり、抗日戦争などと言うもの自体がファンタジーであり、日本帝国主義者から中国を解放したという話自体が大嘘なのだ。

 中国共産党にはあの土地を統治する正当な権限はない。日本軍を武装解除したソ連軍から武器を強奪し、蒋介石を本土から追い出して打ち立てた軍閥政権なのである。

 しかし、そんな共産党であっても、経済、軍事で連戦連勝(?)を続ける限り、人民は支持して我慢する。だから、高度経済成長は本来なら永久に続かなければならないし、南シナ海や東シナ海で日米海軍を蹴散らさなければならない。もちろん、そんなことは無理だ。

 特に経済に関しては、習近平は「新常態」などという詭弁を使って、高度成長は無理だということを共産党の方針にしようとしている。何のことはない、景気が減速するから人民は我慢しろという話だ。

中国海南省博鰲で行われた「博鰲アジアフォーラム」の会合に出席した中国の習近平国家主席=3月(共同)
 ところが、景気の悪い話はやはり人民のウケが悪かったようだ。新常態よりも、株のフィーバーの方が圧倒的に盛り上がった。相次ぐ利下げと、官製メディアを使った煽りに、個人投資家はすっかり騙されてしまった。「株を買う事はいいことだ!」と気が狂ったように官製メディアが煽れば、中国人民は「この株高は共産党公認か!」と思ったに違いない。誰もがリスクに鈍感になった。そして、できるだけ大きなポジションを張ろうと、借金をしてまで株を購入した。その総額は日本円で42兆円と言われている。さすがにやり過ぎだ。

 その兆候は昨年秋ごろからあった。2000ポイントを割っていた上海総合指数が俄かに上昇を開始したとき、私は香港の投資銀行関係者にその理由を尋ねてみた。そのときは「香港と上海の間の資本取引規制が緩和された。同じ会社の株でも上海の方が安い銘柄が多いので資金が上海に流れ込んでいる。」という説明だった。

 その後、上海総合指数は急速に上昇し、3700ポイントを超えてきたので、私は再度説明を求めてみた。最初は「年末年始の3回の金融緩和が効いている」と言っていたが、4000ポイントを超える頃に訊きなおすと、「MSCIインデックスに中国株が組み入れられるので…」と説明が変わっていた。しかし、真相は株を買うための借金の総額が増えていたという全く笑えない話だったのだ。

 今回起きている暴落は借金をして行った信用取引の解消に伴うバブル崩壊である。信用取引の残高がある程度減るまでは株価の下落は続くだろう。中国人民のうち、株式投資をしている人口は9000万人とも2億人とも言われている。彼らはどちらかというと裕福な人々になるだろう。今回の大暴落で老後の資金が吹き飛んでしまった人や、あるいは全財産をなくしてしまった人もいるだろう。彼らは共産党政権に対して強烈な不満を持つことはまず間違いない。

 そんなとき、共産党は何をするだろう。国民の不満を逸らすために反日カードを切る可能性はないだろうか?尖閣諸島周辺で揉め事を起こして、それによって愛国心を喚起したり、「今回の株価暴落の真犯人は日本の機関投資家だ!」といった陰謀論を吹聴したりする可能性はないだろうか?共産党の歴史を紐解けば、彼らが一党独裁を続けるためなら、殺人、拷問など朝飯前であることを忘れてはいけない。

 日本への影響について考える際に、輸出が減るとか爆買いが手控えられるとかいった話は枝葉末節だ。経済的な影響はきっとあるだろうが、日銀やFRBが本気になればこの程度の経済危機は難なく乗り越えられる。そんなことよりも、周辺海域における安全保障や中国在住の日本人の安全を心配すべきだと思う。