【野口裕之の軍事情勢】

 国会審議中の安全保障関連法案に、左翼は《戦争法案》のレッテルを貼り「いつか来た道」だと叫ぶ。小欄は《戦争抑止法案》と思うが「いつか来た道」をたどる懸念は否定しない。もっとも、戦前ではなく戦後の「いつか来た道」。自民党の勉強会(6月)で講師に立った作家・百田尚樹氏(59)が講演後の質疑応答で発した言葉は、情けなくも危うい安全保障に関する戦後法制史を端的に物語った。勉強会では、安倍晋三政権が成立を目指す安保関連法案に異常に厳しい沖縄県紙への批判が噴出した。百田氏は「沖縄県人がどう目を覚ますか」と同調した上で続けた。

 「沖縄のどこかの島でもね、中国に取られれば目を覚ますはずなんですけど」

「後追い法」の戦後法制史


 百田氏は「あったらいけないこと」と前置きしたが、戦後の安全保障関係法は「あったらいけないこと」が起きる度、それが起点となり整備されてきた。海外の危機が日本に波及しそうな気配に仰天し、ひねり出した《後追い法》だった。危機を前に尚、審議が本質を離れ難航する愚もほぼ共通する。左翼の扇動を真に受け、凶暴な中国や北朝鮮より、安倍氏主唱の《積極的平和主義》のような国際スタンダードを疑い恐れる宿痾が国民に取り憑き離れぬせいでもある。ただ結局、実効性逓減と引き換えに成立。反対した国民の多くも、頭が冷えると自衛隊の新任務に対する抵抗感がフェードアウトしていく。
自民党の勉強会で挨拶する百田尚樹氏(右)。この時の発言は、安全保障に関する日本の戦後法制史の情けなさを端的に物語った=6月25日、東京・永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影)

 ところが憲法を人質に取られ骨抜きにされた法律は、国際情勢変化にも兵器の進化にも耐えられぬ。欠陥法の穴を埋めるべく新たな欠陥法を創る負の連鎖は続く。現行憲法が在る限り今次安保関連法案も抑制的で欠陥を有す。審議が空疎でかみ合わぬ辺りも「いつか来た道」だが、《後追い法》の色彩が薄く、新たな道を切り開く一歩となる予感はする。

 冷戦中、自衛隊の任務は明確だった。重火器や戦闘機でソ連軍の着上陸侵攻に備える一方、来援する米艦隊の露払い-すなわち周辺海域で、ソ連攻撃型原子力潜水艦を探知・殲滅し機雷を除去する任務に、一定程度特化できた。自衛隊は盾で、米軍の槍や核の傘に隠れていれば、有り余る法的欠陥も弥縫策で乗り切れ、国際問題にもほっ被りを決め込めた。何となれば、ソ連封じ込めの東正面に陣取っていると、西側諸国に弁解が許された。実際(1)ソ連軍の太平洋侵出を阻む日本列島を死守する国防戦略は(2)極東防衛だけでなく(3)西側諸国による共産圏包囲網の一翼を自動的に担った⇒まさに「三位一体」だった。

湾岸で冷戦後初土俵


 冷戦後、東正面の価値が暴落し、稽古をさぼっていたのに、いきなり土俵に引き込まれた。1990年の湾岸戦争では、冷戦中のノリで小切手外交で済まそうと試みるも、130億ドルも献上した揚げ句批判まで受ける。「残業」を探したら、イラク軍が敷設した機雷の駆除にありつけた。PKO(国連平和維持活動)という耳慣れぬ横文字を、政治家が知ったのはこの時代。92年に国際協力法が創られカンボジアが初陣となる。

 カンボジアは遠く、湾岸はもっと遠かったが、94年に核開発疑惑を起こし、開戦に言及して凄んだ北朝鮮は隣国だった。日米間で安保共同宣言→防衛協力のための指針(ガイドライン)見直し→周辺事態法などを急遽整え、米軍を具体・限定的に後方支援する段取りが決まる。

 日本が真に目覚めた?事態は北朝鮮の弾道ミサイルの日本列島越え(1998年)と翌年の能登半島沖の工作船侵入で、「世の中にはスパイ・ゲリラ戦はもちろん、核攻撃も辞さぬ凶悪で暴力的な国が存在する」と気付いた、つもりになった。

 米中枢同時多発テロ(2001年)後、多国籍軍がアフガニスタン攻撃を始めるとテロ対策特別措置法を立法。インド洋を移動するテロリストと兵器を監視する各国海軍へ、洋上給油など補給を行った。

 イラク戦争後の復興に向け、人道支援特措法も03年7月に成ったが、日本防衛を担保する有事法制定はそのわずか1.5カ月前。何とも珍妙な風景ではないか。前述した北朝鮮の核開発疑惑が日米軍事協力を具体化させ、1998~99年の北朝鮮による蛮行が有事法論議加速の契機とはなったが、基本的に法律誕生は対海外系優先で純粋な祖国防衛系は後手。国際情勢の変化に大慌てし、対海外系の法律急造にエネルギーを割かれ国防に手が回らなかった側面も認められるが、エネルギー消費量の割に最低限の国際関与で逃げまくってもおり《消極的平和主義》の無残な軌跡であるといえよう。

国民の側も理解努力を


 今次安保関連法案はやや様子を異にする。中朝の脅威に突き動かされた力学は働いたものの、力に陰りが観える米国の動きを先取り、同盟・友好国との連携を自発的に決心した。内容も、国際常識の背中すら見えない立ち位置を、視認可能な場所まで進め、集団的自衛権のほんの一部を憲法の範囲内で行使する《集団的自衛権モドキ法案》に仕上がった。ハードルは高いが冷戦中同様、付加価値派生の確率もゼロではない。例えば-

 (1)日本防衛を強化すべく米国を要に広く同盟・友好国を募る(2)中国軍膨張を恐れる近隣各国が日米+α同盟に接近してくる(3)中長期的にインド洋・中部太平洋に侵出し、ソ連以上の化け物と化すであろう中国を囲むように位置するアジア・大洋州での同盟・友好国が増える…。

 冷静時代の「三位一体」に似るが、冷戦時のごとき偶然に頼らず、中国の経済に吸い寄せられながら、軍事膨張には脅える関係国への能動的働き掛けが不可欠。特に、中国大陸を封鎖するかに見える日本列島線の軍事力を向上させ不沈空母化し、米軍来援を容易にする戦略は、中国を怖がる関係国の安定化努力に自信を与える。

 好機にもかかわらず、国民の今次安保関連法案に抱く警戒感は強く、世論調査では「説明が不十分」との声が多い。同種の法案に浴びせられる「いつもの声」。確かに法案は難解だが、国民の側も年金問題同様内容を吟味し、雑音を遮断し、政府の説明を聴いているのか。《戦争を起こす法律》は断じて許されない。しかし《戦争ができる法律》が不備では、抑止力が機能せず戦争を未然に防げない。感情やムードに流されていると、この理屈が分からない。

(政治部専門委員 野口裕之)