財務・金融担当相として麻生政権を支えた中川昭一(しょういち)氏(55)が先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)をめぐる失態で辞任に追い込まれた。一連の経過をみると、ただちには辞任しなかった中川氏は、廉恥心(=恥を知る心)を持ち合わせていなかったと言われても仕方がない。世界に醜態が知れ渡り、日本の名誉と国益を損ねたにもかかわらず、麻生太郎首相(68)も中川氏も当初は、財務・金融担当相の続投が可能だと踏んだ。2人とも保守系政治家のリーダー格とされるが、いったい、恥の感覚に乏しい「保守」などありえるのだろうか。次期衆院選への悪影響を懸念する自民党議員から「鉄砲どころか、前から大砲を撃たれた」と非難される事態だが、廉恥心や潔(いさぎよ)さの欠如は一層深刻だ。

「保守」は総崩れ

 安倍晋三元首相(54)の政権放り出し、中山成彬(なりあき)前国土交通相(65)の失言による辞任、切り札として登場した麻生首相に対する内閣支持率の急落…。
保守系政治家はここ数年檜(ひのき)舞台に上がっては自滅してきた。中川氏が“仲間入り”したことで、政界における「保守」は総崩れの状態となった。次期衆院選前に自民党総裁選があっても「保守系」候補の姿はないだろう。
 中川氏には、「保守」の信条を持つ政治家からも批判が出ている。元民主党衆院議員の松沢成文(まつざわ・しげふみ)神奈川県知事(50)も17日、「一言で言えば日本の恥。国際的な信頼を著しくおとしめた国益に反する行為だ」と語った。
 政府や中川氏は失態の理由として風邪薬の服用をあげ、飲酒ではないと説明する。ただ映像を見る限り、「酔っぱらっていたとしか思えない」=赤松正雄公明党衆院議員(63)のブログ=と多くの国民は思ったろう。
 恥を知る姿勢は、どんな立場の政治家にも必要だが、日本の伝統的な価値観を尊重する「保守」にはとりわけ重要なはずだ。
 新渡戸稲造(にとべ・いなぞう)(1862~1933年)は著書「武士道」の第8章「名誉」の中で「廉恥心は少年の教育において養成せらるべき最初の徳の一つであった。『笑われるぞ』『体面を汚すぞ』『恥ずかしくないか』等は、非を犯せる少年に対して正しき行動を促すための最後の訴えであった」と説いている。

浜口雄幸(はまぐち・おさち)との落差

 この廉恥心は責任感に裏打ちされるものだ。筆者は国会中継を聞いていて、涙がこぼれたことが一度だけある。
 《(1930年の金解禁に取り組んだ浜口雄幸首相=1870~1931年=と井上準之助(じゅんのすけ)蔵相=1869~1932年=を描いた城山(しろやま)三郎著の)「男子の本懐(ほんかい)」にこういう一節があります。
 金解禁などで、総理が国民に訴える。そのときに、当時はテレビはありませんでしたからね、中継もない。ラジオを通じて、ビラを通じて国民に訴える。その文章を書くのに、斎戒沐浴(もくよく)して、そうして正座をして、真夏にモーニング姿で机に向かって浜口総理は書かれたそうであります。
 「浜口は一戸一戸の前に立って訴えかける思いで書いた。このため、暑い盛りに、モーニング姿で向かった」「ビラの末尾には、毛筆による署名を入れる。凸版用のその字を書くため、モーニング姿の浜口は、白いひげの盛り上がった口もとをとがらせ、気に入りの文字ができるまで、何枚も何枚も書き続けた」
 政治家の国民に対する公約というのはこういうものだろうと思うのです》
 1987年12月10日の衆院予算委員会の税制論争で、伊藤茂氏(80)が当時の竹下登首相(1924~2000年)に質問した際の指摘だ。
 浜口首相の姿勢と、中川氏の「酩酊(めいてい)状態」にはとてつもない落差がある。

説得力を失う

 財務相には国会質問が集中する。中川氏も国会の日は早朝の午前4時には財務省から資料を届けさせ、5時前から答弁に備え準備に取り組んでいたが、失態でこの努力もムダになった。
 中川氏は自民党の議連「真・保守政策研究会」の会長として人権擁護法案反対や対馬問題、東シナ海のガス田問題などに取り組んできた。だが、廉恥心と責任感を欠いた行動で一度(ひとたび)失敗すれば、信頼を失うどころか国民から軽侮(けいぶ)を受け、言葉に説得力を失う。後進の政治家は肝に銘じるべきだ。
(政治部 榊原智)