安積明子(ジャーナリスト)

 村山富市元首相が1995年8月15日、戦後50年の節目に発表した「村山談話」に対して、「謝罪ありき」「秘密裏につくられた」といった批判が広まるなか、自社さ3党が同年6月、衆院で強行した「戦後50年決議」が改めて注目されている。参院での決議を踏みとどまらせた、かつての「参院のドン」こと、村上正邦・元参院自民党議員会長に聞いた。

 「参院での決議は絶対に認められなかった」

 村上氏はこう語った。

 戦後50年決議は、正式には「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」という。内容は「植民地支配」と「侵略」を認めて謝罪した村山談話とほぼ同様だ。国会決議は全会一致が原則だが、反対が多く、与野党から欠席者が続出するなか、衆院では強行採決され、参院に回ってきた。

 村上氏は「(参院での)決議が予定されていた前日、私は衆院側の自民党役員室で執行役員ら、なかでも、当時の加藤紘一政調会長と主に話し合った。決議案を見せられた私は『この4文字を削ってくれ』と言った」と振り返る。

 削除を求めたのは、決議案の「世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、我が国が過去に行ったこうした行為…」の中の、「こうした」という4文字だ。
村上正邦氏

 「これでは日本が『植民地支配や侵略的行為』を行ったことになってしまうが、事実はそうではない。東京裁判で、インドのパール博士が主張したように『日本が戦争を起こしたのは、侵略のためではなく、西洋諸国によって挑発されたため』なのだ。戦禍に倒れた幾多の人々は、自立自尊の日本国をただひたすら守り続けようとされた、その思いをくみ上げることこそが、決議の意義であると」と村上氏。

 話し合いは深夜11時まで続き、最終的に「文言を削る」ということで決着した。ところが、村上氏が「印刷した修正文案がほしい」というと、自民党幹部は「それはできない」という。

 それでも、同じ政党の仲間だからダマすことはしないだろうと、村上氏が参院側にある幹事長応接室に戻ると、大勢の人々が詰めかけて「何も変わっていないじゃないか!」と憤っていた。

 直前に正式発表された決議案には、削ることで合意したはずの「こうした」の4文字が入っていたのだ。

 驚いた村上氏が衆院側の役員室に戻ると、すでに誰もいなかった。

 「私をペテンにかけたのか! そんなことをするのなら、参院では決議しない!」

 こうして、参院では決議案の提出自体が見送られた。

 「村山談話」については最近、「謝罪ありきで、言葉の定義はあいまい、理論的裏付けもなく、秘密裏につくられた」という批判も多く、作成経緯を検証するプロジェクトチームが始動している。その過程で、不可解な「戦後50年決議」も検証されそうだ。