志村一隆(メディア研究者)

米国での成功体験


 米国市場におけるNetflixの快進撃は敵失にある。彼らがストリーミング配信を開始した2007年から少なくとも3年間は、競合するケーブルテレビや衛星放送といった有料放送大手はマルチスクリーン配信に消極的だった。その3年間で、Netflixは会員を1500万件以上増やす。急拡大するスマートテレビやスマートフォン、タブレットでの映像消費需要は、既存プレイヤーでなく新興勢力のNetflixが刈り取っていったのだ。

 1990年代から始まったIT企業は競合よりも安価に利便性を提供し、既存ビジネスを代替していく。それを映像市場で実践したのがNetflixである。

日本での成功は限定的?


 では、その成功戦略は日本でも通じるのだろうか?2007年当時の米国と2015年の日本で違う点は以下の2つ。

 第1に、競合プラットフォームもマルチスクリーン展開を完成させている。スカパーもWOWOWもスマホやタブレットへの配信サービスを会員に「無料」で提供している。つまり米国市場で成功要因のひとつだった利便性を「安価」に提供という競合優位は消されている。

 第2に、日本は有料放送市場の規模が小さい。スカパーやJCOM、WOWOWなどの有料放送の会員数は1200万件。米国では9000万件を超える。人口比でも米国は約30%、日本は約10%である。Netflixが有料放送の代替ビジネスであるということを考えると、成長の上限が決まっている。

 上記2点を考えると、Netflixの日本市場での成功は限定的といえる。
 

誰とどこで競合するのか?


 では、Netflixはどの局面で誰と競合するのか?まず、海外ドラマや映画の配信プラットフォームという点で、スカパーやWOWOWなど有料放送と競合している。コンテンツが同じなら、視聴者は安く・見やすい手段を選ぶだろう。

 有力な有料放送事業者が存在する国に進出した先行事例では、英国やフランスがある。2014年9月に進出したフランスにはCanal+という1500万件以上の会員がいる衛星放送が存在し、そのCanal+のOTTサービスCanalplayは60万5千件の会員がいる(2014年末現在)。米国Variety誌によれば、Netflixはそのフランスで10万件の会員獲得に2週間で成功したそうだ。Netflixは国別会員数を明らかにしていないので、その後どれくらい会員数を集めたのかは不明であるが、日本市場でどれくらい会員数を伸ばせるか?なんらかの参考にはなるだろう。

 ちなみに、Netflixの米国以外の会員数は1390万件(2015年3月末現在)。収支はいまだに赤字。ヘイスティングスCEOは2016年までに海外進出を終え、2017年に海外ビジネスの収支を均衡させるとアナリスト向け会見で述べている。

 次に、オリジナルドラマなどコンテンツ面で民放テレビ局と競合する。米国のドラマ(たとえば、Netflixの「ハウス・オブ・カード」など)はストーリーがスピーディーかつ入り組んでおり、展開についていくのが大変だ。エピソードごとに長さ(時間数)が違ったり、シーズンごとに回数も違ったりする。

 マス大衆向けの日本製ドラマとはテイストが違うし、広告枠を気にした作りにもなっていない。一見、無料の民放テレビドラマと有料のNetflixではビジネスの位相が違う。

 しかし、今後テレビの役割はスポーツ・報道といったライブ放送に収斂され、ドラマなどの作品はインターネットでオンデマンド(自分の好きなときに)に見る習慣が増えていく。この前提で考えると、ドラマ制作集団としての民放テレビ局はNetflixの競合となる。

コンテンツを消費者に売ることができるのか


 今後インターネット上でお金を払ってでも見てもらえる作品を作れるか?これが、Netflixがテレビ局に突きつける最もラジカルな問いであろう。

 日本の民放テレビ局は広告放送とは違った映像文法を新たに構築する必要がある。有料のコンテンツを制作し、それを売る仕組みにリソースを振り分ける必要があるのではないか。

 スマートテレビやネット配信、VODといったサービスは、テレビ市場に突然変異のように生まれた過去と非連続な発展である。未来は現在の延長線の上にはない。テレビ局が今後も市場から必要とされるためには、成功経験を捨てた戦略転換が必要ではないか。

しむら・かずたか 1991年、早稲田大学卒業、WOWOW入社。2001年、ケータイWOWOW代表取締役を務めたのち、情報通信総合研究所主任研究員。2014年よりヤフー。著書「明日のテレビ」(朝日新聞出版)「ネットテレビの衝撃」(東洋経済新報社)「明日のメディア」(ディスカヴァー・トウェンティワン)などで、いち早く欧米のスマートテレビやメディアイノベーションを紹介したメディア・コンテンツ研究の第一人者。5月に新刊「群像の時代」(ポット出版)が発売された。2000年米国エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号取得。水墨画家アーティストとしても活躍。