7月6日の栗田出版販売「民事再生手続き」債権者説明会に行ってきた。まず驚いたのは債権者の数の多さ。1千人は超えていたと思う。1社1人に限定された債権者はほとんどが出版社だから、主な出版社が一堂に会したということなのだろう。倒産とはいっても民事再生手続きに入るということで栗田出版販売がなくなるわけではないのだが、手続きを始めた6月26日以前の取引の支払は全面停止となった。売れた本の出版社への支払いを全面停止したわけだから、打撃を受けた出版社も多いに違いない。私が経営している創出版の場合も、6月末入金予定のお金が26日に突然、支払停止と通告されて「え?」という感じだった。

栗田出版販売の債権者説明会
 今の出版界がどんなに大変かは、業界の人間なら誰もが肌身に感じて理解しているから、栗田出版販売に対しても同情の見方と、「再生がんばれ」という声が多いと思う。私もそういう心情だが、ただそうは言っても、取引額の大きかった出版社には相当な痛手だろう。弊社についていうと、ちょうど「マスコミ就職読本」委託精算の時期で通常の月より金額の多い入金予定だったので、せめてもう1カ月後にしてほしかった、などとも思った(笑)。

 企業が倒産した時の債権者の集会では、よく怒声が飛び交うといった話も聞くのだが、取次の場合は債権者が出版社だからだろう。会場につめかけた人たちはメモをとりながら淡々と説明を聞いていた。栗田出版販売は社長以下、役員も出席し、何度もお詫びし、頭を下げていた。確かに同社の場合は、仕入れの仕方など改善すべき点はあったのだろうが、戦後一貫して右肩上がりだった出版界では、いささかアバウトで牧歌的なやり方でもやっていけた時代が続いた。どんな経済不況に直面しても出版の売り上げは一貫して伸びていたという日本の出版をめぐる良き時代が終わりを告げてしまったということだろう。

 この何年か、出版市場は予想を超えるペースで縮小している。特に雑誌市場はこの10年余で市場が約半分になるというものすごい状況だ。一部の雑誌を除いてはコミック誌も含めて大半の雑誌が赤字で、それを書籍化の利益げでカバーしているのが実情だ。ただ雑誌連載を書籍化してヒットが出るというのはほとんど小説やコミックで、ノンフィクションやジャーナリズム系はなかなかそうはいかない。

 そういう状況を象徴するのが、この6月の講談社のノンフィクション誌『G2』の休刊だ。講談社が『月刊現代』を休刊させた2008年、このままではノンフィクションがジャンルごと死滅すると危機感が広がり、講談社はその後継誌として『G2』を創刊したのだが、それも赤字に耐えられず、ついに休刊となったわけだ。印象的だったのは、6月19日に開かれた大宅壮一ノンフィクション賞受賞式で、今回受賞した安田浩一さんが挨拶の中で、受賞作を掲載した『G2』が今月で休刊という話を披露したことだ。大宅賞を受賞した作品を載せていた雑誌が、その受賞式の時期に休刊というのは、ノンフィクション界の厳しい現状を象徴する出来事だ。

大宅賞受賞式で挨拶する安田浩一さん
 それに輪をかけて、その『G2』休刊の話題を新聞が当初取り上げず、話題にもならなかったことに、私などは余計寂しい気持ちになったものだが、さすがにここへきて全国紙が相次いで『G2』休刊とノンフィクションの危機について次々と記事を掲載している。ノンフィクションは、金と労力がかかるのにそれほど売れないという典型的なジャンルで、苦境に立たされた大手出版社が2008~2009年に次々と月刊総合誌を休刊させた。その結果、作品の発表媒体がなくなったために、ノンフィクションを書いてきたライターが生活できなくなって、廃業が相次いでいる。

 私も大きな事件の裁判傍聴などに足を運ぶ機会があるが、昔は佐木隆三さんや吉岡忍さんらノンフィクションに携わるライターとよく現場で顔を合わせた。狭山事件など大きな冤罪事件などでは何人ものライターが競うようにして取材にかかっていたものだ。ところが最近は、大きな事件の裁判傍聴や現場に行っても、事件を何年も追い続けているライターの姿をほとんど見かけない。ひとつの事件を何年もコツコツと追いかけるといった仕事をやっていては、確実に生活が破綻し廃業に追い込まれるからだ。

 こういう状況が続けば、事件を記録し、後世に残すというノンフィクションの機能そのものが停止してしまう。だから『G2』という雑誌の休刊は、雑誌1誌の問題にとどまらず、講談社がノンフィクションというジャンルへの関わりを今後どう考えようとしているのか、という問題を提起している。雑誌休刊は、同社の取り組みが後退しているのではないか、という印象を与えたという意味で残念なことだ。

 ちなみに私が月刊『創』を出し続けているのは、『月刊現代』休刊の時の議論などに関わり、次々と大手出版社が総合誌を廃刊していくのに対して、その流れに同調したくないと思ったからだ。『G2』も赤字で大変だったろうとは思うが、講談社全体の儲けを考えれば続けられないことはなかったはずだ。例えばテレビ局の場合も、金のかかる割に視聴率の稼げない報道番組を、バラエティ番組の稼ぐ利益で補うという構造になっているはずだ。

 雑誌をやめてしまうと、長期的に書き手を始めノンフィクションの土壌を作り上げていくという営為がストップしてしまうことになる。そのあたりを講談社の上層部はいったいどう考えているのか。次に社長に会う機会があったら、ぜひ訊いてみたいと思っている。