河合雅司(産経新聞論説委員)

 高齢者の地方移住の是非をめぐり、議論が活発化してきた。
 
 これが政策テーマとして浮上した背景には、東京圏での医療・介護施設の不足と、地方の若者の流出という2つの問題の解消策としての期待がある。
 
 民間有識者による「日本創成会議」が6月に公表した推計によれば、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)では高度経済成長期に流入した人々が高齢化するため、2025年までの10年間で75歳以上が175万人増える。同期間に全国で増える75歳以上の3分の1を占める計算だ。
 
 この間に看護師や介護職員は全国で新たに240~280万人が必要になるという。75歳以上人口の3分の1が東京圏で増えるとすると、東京圏で80~90万人の医療・介護のマンパワーが不足するということだ。
 
 人口減少が進む地方では、病院や介護施設の利用者も減る。こうしたところで働いている看護師や介護職員がやがて仕事を求めて東京圏に出て来るとなれば、ますます東京一極集中が進み、地方の若者流出に拍車がかかる。
 
 日本創成会議は東京圏に住む75歳以上の収容能力の分析も試みているが、現在は都区部の不足を周辺部にある施設が補って何とか均衡を図っている状態だという。地価の高い東京圏でこれから施設を整備することは大変である。日本創成会議が、医療・介護とも受け入れ余力のある全国41圏域を具体的な自治体名を挙げて紹介したのもこうしたことへの懸念だ。
 
 移住は国民の選択肢の一つに過ぎない。しかし、政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が新型交付金を使って推進する考えを示していることもあり、このレポートは大きな反響を呼んだ。
 
 冷静に考えれば国が移住を強要することなどできるはずがないことは分かるはずなのだが、「強制移住」「姥捨て山」というレッテル貼りが目立つ。「歳を取ったら東京から出て行けということか」といったネガティブな受け止め方も広がっている。
 
 年齢に関わらず移住するかどうかは国民自らが判断し、選択することだ。政府の調査によれば、50代男性の50%、女性は34%が地方移住を望んでいる。60代は男女とも3割だ。安倍政権が地方移住を推進するのは、こうしたニーズに応えようというものだ。高齢者というと「要介護者」をイメージしがちだが、念頭に置くのは健康で活動的な50~60代である。アクティブシニアが定住するとなれば、地域活性化の人材となるし、地域内の消費拡大にもつながる。
 
 地方からは「高齢者を地方に押し付けるつもりか」との声も上がった。「高齢者が移住して来ても、やがて要介護状態に陥る。医療費や介護費を負担しなくなるのでは大変だ」との懸念だ。
(写真と本文は関係ありません)

 だが、医療保険や介護保険には広域での財政調整の仕組みがある。厚労省は、特定の自治体が突如、高齢者が激増した場合に備えて新たな対応策も検討している。政府はもっと丁寧に説明する必要がある。
 
 さらには、「歳を取ってから見知らぬ土地に移住する人はいない」といった高齢者の地方移住自体に疑問を投げかける指摘もなされている。しかし、高校時代まで過ごした故郷に愛着を持つ人は少なくない。若い頃の勤務地が気に入り、老後は住んでみたいと計画している人や、妻の出身地に移り住んだ夫妻もいる。何らかの「きっかけ」で第二の人生を考え始めると、地方暮らしも選択肢に入ってくるものだ。
 
 他方、多くの首長にとっては「どうせ移住してくれるのなら、若い世代に来てもらいたい」というのが本音だろう。だが、今後、若者は激減する。絶対数が足りないのだから、これを奪い合ったのではすべてが勝者とはなり得ない。
 
 実際には、高齢者に比べて若い世代の移住のほうがハードルは高い。移住先に転職したくなる職場がなければ、現在の勤め先を辞めてまで移住を踏み切ることにはならないからだ。そんな職場を創出するのは一朝一夕とはいかない。子育て中であれば、子供の転校も考える必要が出てくる。
 
 多くの自治体では、受け入れ態勢を整えているうちに「消滅」の危機にさらされることになる。もちろん、高齢者の移住も簡単ではないが、すでに人口減少が進み始めた自治体にとっては若者のUターン、Iターンを期待するよりもはるかに現実的だと言えよう。
 
 しかし、高齢者の地方移住をめぐる議論の本質は「東京の医療・介護問題の解決策」や「地方の生き残り策」にあるのではない。むしろ、“過去の常識”を打ち破れるかどうかという大きな問い掛けである。
 
 もはや人口の激減は避けられない。少子高齢社会に対応するには、既存の価値観を一度否定し、社会をどう作り替えるかを考えなければならないということだ。
 
 人口激減下で地域の活力をそれなりに維持しようと思えば、多くの人が国内を活発に動き回ることである。その具体策の一つが、移住をはじめとする大都市圏と地方の頻繁な往来であり、同一県内における二地域居住なのである。
 
 当然、議論は「移住政策」に収まらなくなる。例えば、住宅価格や交通費をどう安くするかということまで考えなければならないだろう。
 
 前者については空き家の活用を進めればよい。1カ月単位で借りられるような物件がたくさん出回るようになれば、「夏は北海道、冬は沖縄」「数カ月ごとに好きな土地を巡る」といった暮らし方をする人が増えるかも知れない。
 
 問題は交通費のほうだ。多くの場合、民間事業者が運営しており、「赤字路線は値上げか廃止」というのが相場である。しかし、交通費の値下げが、人口減少社会を乗り切る「切り札」となるのならば政策として考えなければならない。難しさを承知で言えば、全国どこに行くのにも片道3,000円以内となれば人の流れは大きく変わる。
 
 例えば、東京-福岡間の航空運賃が片道2,000円としよう。これならば、日帰りで旅行に行こうという人も増えるだろう。移住者が頻繁に東京に戻ることもできる。高齢社会では時間をコントロールしやすい人が増える。早期予約者の割引拡大など工夫の余地はあるはずだ。人口減少社会においては、「公共交通」の概念を根本から考え直してみることも重要なプロセスということだ。
 
 これまで、多くの日本人は住み慣れた土地に愛着とこだわりを持ち、それぞれの地で文化を育んできた。それは素晴らしいことであるが、激変の時代を乗り越えるにはもっと柔軟な発想を持って臨むことも必要だ。社会の変化に応じて、ライフスタイルや土地に対する考え方など既存の価値観をどんどん打ち壊していく。高齢者移住もそうした挑戦の一つである。
 
 “過去の常識”が打ち破られたとき、現在多くの人が思い描く高齢者社会とは全く異なる未来が開けてくる。困難だからといって挑戦どころか、考えることすら逃げていたのでは、いよいよ日本の取りうる方策は少なくなる。
 
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人口減少社会への対応策については、このほど出版した増田寛也元総務相との共著『地方消滅と東京老化』(ビジネス社刊)に詳しいので、こちらもお読み頂きたい。