河合雅司・産経新聞論説委員

 最近、少子高齢化ならぬ「無子高齢化」という言葉を耳にする。少子化の末に出産可能な若い女性がいなくなり、高齢化だけが進む状況だ。該当地域は、消滅の運命にあるということだ。

広がる「無子高齢化」

  これは過疎化に悩むところの「特別な事情」ではない。全国どこでも起こり得る話だ。国土交通省が3月末に公表した「新たな『国土のグランドデザイン』」は2050年の日本を描いているが、その姿は寒々しくすらある。

 日本列島を1平方キロメートルごとに区切り、人口の増減見通しを分析したところ、現時点で人が住んでいる約18万地点のうち63%で人口が半減以下になるというのだ。

 その3分の1にあたる19%の地点は誰も住まなくなる無居住エリアとなる。半減までいかなくとも大半の地点で人口が減る。増加するのはわずか2%にすぎない。

 人の目が届きにくくなる場所が増えれば、治安だけでなく、国防上の危機にも直結しかねない。端的なのが離島であろう。国交省が国土のグランドデザインに先駆けて策定した「『国土の長期展望』中間とりまとめ」は、離島振興法における有人離島のうち約1割が無人島化する可能性があると警告している。

 国境離島や外洋離島は排他的経済水域の重要な根拠であり、海洋秩序を守る大きな国家的役割を担っている。そのためにも、多くの人が住み、主権が明確なほうがよい。領土への野心をもつ国があっても、住民がいれば簡単には手を出せない。無人島化は防衛力の低下を意味する。

やがてスカスカ状態

 国土のグランドデザインは、現在国土の5割である無居住エリアが2050年に6割に広がるとしている。時代が進めば、日本列島はさらにスカスカな状態ともなる。

 政府は移民の大量受け入れを検討している。日本人が激減する状況下で外国人が増えれば、日本人が少数派となる市町村や地域も誕生する。ある国が意図を持って多くの人を日本に送り出す事態も想定しておかなければならない。外国人に参政権を認めることにでもなれば、議会や地方行政が牛耳られかねない。

 外国資本による水源地の買収が問題となっているが、日本人が少なくなったとき、外資がターゲットとするのは水源地だけだろうか。

 特定の自治体や地域の土地を集中的に買い占めることになれば、日本国内に“外国の領土”ができるようなものだ。

 こうした危機を防ぐには、出生数の減少に歯止めをかけるしかない。だが、すぐ成果が表れるわけでもない。少子化対策に全力を挙げるのは当然だが、当面は無居住エリアの拡大スピードを少しでも遅らせる対策が必要となる。

 人口が減る地域で暮らし続けるにはどうすべきか。まずコンパクトな街づくりだ。周辺の自治体同士が機能分担や補完をし合う広域連携も必要となる。人口減少対応型の「集約化と広域化」である。

 難しいのは、無居住エリアをいたずらに加速させず、進めなければならない点である。そのためには、それぞれの生活圏ごとに実現することがポイントとなる。

 それぞれの地域で、拠点となる都市と小さな自治体が緩やかに連携し、集落がある程度の単位で集まり住むことで、行政や民間サービスが効率的、効果的に提供され続けるようにする。

 経済を優先するばかりに、大都市圏への極端な集中が進んだ高度経済成長期の「成功モデル」のような発想とは決別しなければならない。

郷土志向への支援を

 キーワードとなるのが「郷土への志向」だ。生まれ育った土地に愛着を持ち、農業や地場産業に関心を持つ若い世代が増えている。国際人材の育成ばかりが注目されるが、人口減少社会に対応するには、各地域の核となる人材が不可欠だ。郷土への志向を支援し、育てる政策が重要となってくる。

 国土のグランドデザインは、商店や診療所といった日常生活に不可欠な施設や機能を歩いていける範囲に集める「小さな拠点」構想を打ち出した。こうした拠点をベースに、郷土への志向を持つ人材が海外と直接結んでビジネス展開し、地域の魅力や観光資源を発信していく。経済発展ばかりでなく、もっとスローな暮らし方を認める街づくりがあってもよい。

 われわれは、人口減少と無居住エリアの拡大がもたらす危機の意味を、改めて認識する必要がある。