松永和紀(科学ジャーナリスト)

 「米、トランス脂肪酸禁止」「トランス脂肪酸を含む食品添加物の3年以内の全廃を通達」……。こんなふうに大手メディアに報道された後、さっそくネットメディアでは「マーガリン、マヨネーズは使わない!」「ワースト5の食品は……」などの情報があふれ始めました。

 メディアは「○○は危ない」というコンテンツを流したがります。それは、やっぱりそんな情報が耳目を集めるから。ネットメディアはとりわけそう。アクセス数が稼げますもん。そんなわけで今、心配した人たちからの問い合わせや苦情が、食品企業に相次いでいるそうです。

 でも、報道には間違いが目立ちます。そもそも、トランス脂肪酸は食品添加物ではありません。それに、トランス脂肪酸対策は、単純思考ではダメ。この話、けっこう複雑です。

 私は2012年に本欄で、「科学無視のトランス脂肪酸批判 思わぬ弊害が表面化」という記事を書きました。アメリカでは“危険”でも、日本の状況は異なります。アメリカの新しい動きを踏まえて、日本のとるべき方向性を考えます。

アメリカは、部分水素添加油脂を禁止した


 そもそも、アメリカはトランス脂肪酸を禁止したわけではありません。トランス脂肪酸は、肉や乳製品等に自然にごく微量含まれるほか、植物油を脱臭精製する際にも、わずかですが生成します。それに、植物油に水素を添加して固形や半固形の「部分水素添加油脂」(partially hydrogenated oils = PHOs、硬化油ともいう)にする工程で、多くできます。
生成要因によるトランス脂肪酸の分類
 今回、規制が決まったのは、トランス脂肪酸の主要摂取源であるPHOsです。アメリカ食品医薬品局(FDA)が6月16日、PHOsをGRAS(generally recognized as safe:一般的に安全な物質)としては認めない、とする決定を公表しました。準備期間を経て3年後には、PHOsは禁止となります。

 アメリカのGRASは、食品に添加する物質についてあらかじめFDAが検討し、「長年の食習慣等から安全だとみなされ、使用が認められる物質」に分類する制度。日本人がイメージする「食品添加物」だけでなく、こしょうなどのスパイス、カモミールなどのハーブ類、乳酸菌などさまざまな食品素材が、GRASとして認められています。

 GRAS分類に入れば、その後の食品への使用は自由。しかし、認められなければ、動物を用いた詳細な毒性評価試験などを行いそのデータをFDAに提出して審査を受け「food additive」としての承認を受け、定められた使用方法に則って使う、というのがアメリカのやり方です。Food additiveとして認められなければ、食品への使用はできません。

 これまで、PHOsはGRASとされてきました。しかし、そのリストから除外する、というのが今回のFDAの決定です。事業者が食品素材として使いたい場合には、新たにFDAに安全性に関する詳細なデータを提出して、food additiveとしての承認を得る必要があります。

 結局、トランス脂肪酸自体を禁止したわけではなく、肉や乳製品等に含まれるトランス脂肪酸、植物油を脱臭精製する時に意図せずできるトランス脂肪酸は、今回の措置の対象外。したがって、アメリカ人のトランス脂肪酸摂取量が今後、ゼロになるわけではありません。しかし、主要摂取源であるPHOsが禁止となれば、トランス脂肪酸の摂取量は大幅に減るでしょう。

冠動脈疾患に苦しむアメリカ


 さて、アメリカはなぜ、PHOs禁止を決めたのでしょうか。それは、アメリカ人の心臓疾患が深刻だからです。年間に約61万人が心臓疾患で死亡し、死因の1位。心臓疾患もさまざまあり、先天性のものや心筋症、心臓弁膜症など器質的な疾患もありますが、37万人は冠動脈疾患、つまり心筋への血液の流れが止まってしまう病気により死亡していると考えられています。

 冠動脈疾患は、高血圧、高コレステロール、喫煙、肥満、糖尿病、問題のある食事等が要因として挙げられており、トランス脂肪酸の摂取量の多さも、問題視されています。

 FDAの資料によれば、2003年の時点で平均的な成人のPHOsからのトランス脂肪酸摂取量は4.6g/日で、1日に2000カロリーを摂取しているとするとそこに占める割合は2.0%に上っていました。マーガリンやパン、菓子等に多く含まれていました。
 乳製品や植物油等として食べる量も含めると、1日のトランス脂肪酸トータルの摂取量は5.8g、エネルギー摂取量の2.6%でした。

 WHOの勧告目標は、総エネルギー摂取量の1%未満。これは、天然由来、PHOsなど工業由来、両方を合わせての目標です。1%未満であるべきなのに、国民平均が2.6%なのですから、アメリカ人の摂取量が、2003年の時点で非常に多かったことがわかります。

 含有量低減が加速した03-06年の栄養摂取調査や製品調査などを基に2010年にも推定が行われています。その際には、2歳以上のアメリカ人のPHOsからのトランス脂肪酸摂取量は平均で1日1.3g(総エネルギー摂取量の0.6%)まで下がりました。

 しかし、人口を、摂取量が多い順に並べて10%のところにある人の数値(90パーセンタイル値)の摂取量は、2.6g(同1.2%)。PHOs由来のトランス脂肪酸のみでこの数値ですから、アメリカ人の摂取量はまだまだかなり多いことがわかります。

 マーガリンやパン、揚げ物等の低減は進みましたが、冷凍ビスケット、ケーキやドーナツなどの表面につけるフロスティング、冷凍ピザ、電子レンジで作るポップコーンなどの中には、高含有量の製品もまだありました。