村中璃子(医師・ジャーナリスト)

トランス脂肪酸撲滅に見え隠れする業界団体のロビー力


 「身体に悪いもの」として、この数年よく耳にするようになった「トランス脂肪酸」。私の周りでも「マーガリンを食べない」という人が増えました。ところが、トランス脂肪酸は、マーガリンを避けたところで避けて通ることの出来る食品ではありません。菓子パンやドーナツ、フライドポテトやフライドチキン、スナック菓子など、私たちが「美味しい」と感じる身近な食べ物にトランス脂肪酸は含まれているからです。
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 それもそのはず。トランス脂肪酸を含む油は、ファストフードやお菓子の「さくっ」とした食感を作ります。また、バターや植物油などと比べると、格段に日持ちする上、安い。トランス脂肪酸を含む食品の代表選手であるマーガリンも、1869年、ナポレオン3世の時代に、庶民や軍隊のための「高価なバターの代用品」として考案され、2年後に今のユニリーバ社の前身となる企業が製品化したのに始まります。

 私たち庶民がコンビニやスーパー、ファストフード店などで、美味しいものを、簡単、かつ安く手に入れられるようになったのは、まさにトランス脂肪酸のおかげとも言えるのです。

マーガリンが禁止なのにバターは禁止されない理由


 6月16日、トランス脂肪酸、正確には植物性の油から「水素添加」の技術によって固形にした、トランス脂肪酸を多く含むマーガリンやショートニング等の油が、3年以内にアメリカの食品市場から消えることが決まりました。トランス脂肪酸は、摂れば摂るほど血中の悪玉コレステロールを上昇させ、善玉コレステロールを減少させることが知られています。

 しかし、このニュースを聞いて、「なぜトランス脂肪酸が真っ先に!?」と思ったのは私だけでしょうか。炭酸飲料水にタバコ、合成着色料に発色剤。ちょっと考えるだけでも市場には「百害あって一利なし」のものが数多くあります。なぜトランス脂肪酸が真っ先にやり玉に上げられ、事実上の全廃を宣言されたのでしょう。

 2003年には世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)が「総摂取エネルギー量の1%未満」という国際基準を設け、2006年にはアメリカでも商品パッケージへの含有量表示を義務付けられていたトランス脂肪酸。アメリカ保存食品製造業者協会(GMA)によれば、以来、メーカーの自主規制が進み、加工食品への使用量はすでに86%も減っているといいます。

 スターバックス、マクドナルド、KFCなど、日本でもおなじみのファストフードチェーンも、アメリカではもうトランス脂肪酸を使用していません(日本のマクドナルドは使っています)。なぜ今さらトランス脂肪酸だけを取り上げ、3年間かけて「撲滅」に乗り出す必要があるのか、やはり釈然とはしません。もし、トランス脂肪酸が微量でも深刻な毒性を持つものであれば、すぐにでも「禁止」となるはず。この悠長かつ厳しい判断は、国際基準があるとはいえ、未だにトランス脂肪酸の「安全な閾値」がはっきりしないことに加え、何か別の事情があることを伺わせます。

 バターなどの動物性脂肪に多く含まれ、トランス脂肪酸と同様に表示義務のある「飽和脂肪酸」は、早くも60年代から心筋梗塞のリスクを高める脂質として警戒されていました。70年代には、トランス脂肪酸と同様、悪玉コレステロールを上昇させることも分かっており、2000年代に入ってトランス脂肪酸の有害性が指摘されるまで、外食業界や食料品メーカーは、むしろ積極的に植物油脂由来のショートニング等を使う努力をしていたほどですが、飽和脂肪酸には、「市場からの排除」とまで踏み込んだ規制が課されることはありませんでした。

 背景にあるのは、アメリカ食品医薬品局(FDA)と業界団体、および市民団体との力関係です。バターに関係しているのは、全米酪農協会という強力な業界団体。最近では、バターの飽和脂肪酸だけではなく、牛乳とがんとの関係もしばしば指摘されていますが、この協会がある限り、バターや牛乳が市場からなくなることは決してないと言われています。一方、FDAの公式文書も、今回下した事実上のトランス脂肪酸禁止の判断は、科学的エビデンスや専門家の意見だけでなく、トランス脂肪酸を排除しようとする市民運動に応えてのものだとしているとしています。

 今回の判断の背景には、水素添加に代わる技術がすでにあるからだという意見もありますが、水素添加にかわる別の技術の安全性も確立してはおらず、トランス脂肪酸が他の脂質や添加物に比し、突出して有害であるというはっきりとしたエビデンスもありません。また、コーヒークリーム(乳製品に見えますが油脂です)など、特定の商品については水素添加以外の方法での製造が難しいものもあります。こうした中、GMAは、安全なレベルでのトランス脂肪酸使用を認める例外を設けるよう、FDAに嘆願書を提出する予定です。