佐々木正明(産経新聞外信部)

国民の前で吐露した苦悩


 国家を率いて今年で15年になるロシアのウラジーミル・プーチン大統領の政治理念を垣間見る場面があった。

 4月、大統領が国民の質問に直接答える毎年恒例の番組「国民の対話」での一幕。4時間にわたって繰り広げられた生放送の中で、アレクセイ・クドリン元財務相がかつての上司に厳しく立ち向かった。プーチン氏とはサンクトペテルブルク市政時代からの古い付き合いで、2008年までの第1、2期のプーチン政権のもとで国家財政を切り盛りした。今は閣外にいるが、プーチン氏に直言できる数少ない経済専門家だった。

 番組の視聴率は60%にも達した。全土でおよそ数千万人の国民が見守る中、クドリン氏は司会者に促され、「こんにちは。ウラジーミル・ウラジールビッチ(尊敬をこめた呼び方)」と静かな物腰で切り出した。こうして二人のやりとりは始まった。

 「あなたの最初の大統領任期のとき、経済成長率は7%を超えていましたね。石油価格が1バレル30ドルだったにもかかわらずです。しかし、現在の任期では成長率は1.5%に過ぎず、世界全体の成長平均より少ない。我々がどんなに頑張っても、2018年までの期間、私が予測する数値は非常に厳しいのです。古い経済システムが経済発展の潜在性をむしばんでいる。大統領、あなたは我々にどんな新しい発展モデルを創設してくれるのか?」

 「アレクセイ・レオニードビッチ。私はあなたと長い間、一緒に働いてきた。それだけでなく、いまもとても友好的な関係にある。私はあなたの立場をよく理解している。あなたが予測した事柄は実際、起こりうることに非常に近い」

 プーチン氏は最初、笑みを浮かべていた。時々、テレビカメラが映し出すクドリン氏も余裕の面持ちだった。しかし、会話が進むにつれ2人のゆとりは消え、次第に真剣な表情に変わっていった。

 「君が描いている発展モデルの青写真はこうだろうね。ビジネスを改善するための環境づくりを行う。民間投資部門の改善を行う。もちろん、国家運営全体のシステムを大幅に改善する。政府も民間セクターも法治体制を確立しなくてはならない」

柔道・世界選手権の観戦に訪れ、観客の声援に応えるロシアのプーチン
大統領(中央)=2014年8月31日、露チェリャビンスク(共同)
 プーチン氏は身振り手振りをまじえながら「言うは行うより易し」として軽くクドリン氏の提言を諫めた。そうして、「非常に困難な課題なんだ」とも言った。強いリーダーであろうとするプーチン氏が国民の前で改革に踏み切ることの苦悩を吐露する場面は珍しい。2人の長年の仲があってこそ引き出された言葉とも言える。

 クドリン氏はこれまでも、軍事費を含めた大幅な公費削減を実現すべきと主張してきた。年金システムを改革するため、定年年齢を引き上げるべきという具体策も提案した。全てはこの経済危機を乗り切るためだ。まさに今こそ「痛みを伴う改革が必要だ」と力説していた。会場が静まりかえる中、プーチン氏はクドリン氏に語りかけた。

 「論理的にも君が言っていることは正しいよ。経済政策を完全にするためには頭脳が必要だ。でも、国民が我々を信頼してくれるためには、ハートが必要なんだよ。人々がどのように暮らしているのかを知り、改革がどのような影響をもたらすのかを感じなくてはならない。信頼が維持できれば、人々はこの状況に我慢してくれるだろう。でも、われわれが信頼を裏切れば、状況は1990年代初頭に逆戻りする。私はそう思っている」

終焉を迎えた「プーチン流発展モデル」


 プーチン時代とは、ソ連崩壊に始まる1990年代の危機で失った社会の安定と、国家のプライドを修復する期間だった。プーチン政権下で、主要輸出品の石油の値段が急騰して経済発展を遂げ、国民は豊かな生活を取り戻した。

 しかし、多くのロシア国民が、ハイパーインフレと物不足に陥ったあの悪夢のような日々を忘れたわけではない。日本人にとっての戦後の焼け野原や東日本大震災後の国難のように、窮状を極めた90年代は、21世紀に生きるロシア人の原風景として今も刻まれている。何としてでも国家崩壊の間際にあった90年代に時計の針を戻したくないのだ。21世紀の国父が政治ショーで言った「信頼」と「我慢」の言葉は、リベラル派の論客の「痛みを伴う改革」の進言を打ち消し、政権の求心力を保つのに十分な役割を果たした。

 ロシアは1991年の独立以来、いま4度目の経済危機を迎えていると言われている。2014年の経済成長率はプラス0.6%。さらに15年はマイナス4%にまで落ち込むとの予測が出ている。昨年の資本流出は1500億ドルを超え、予算不足から2018年W杯開催など主要プロジェクトさえも計画の後退を余儀なくされている。資源を外国に売って得た資金を国民の生活向上に使うという、この15年間の「プーチン流発展モデル」は終焉を迎えたとも指摘されている。

 引き金を引いたのはウクライナ危機に伴う欧米の対露制裁と通貨ルーブル安、そして、原油価格の暴落というトリプルパンチだった。

 しかし、以前から予兆は指摘されていた。

 2008年のリーマンショックの後まもなくして、各国のアナリストからロシアは停滞期に向かうとの分析が出ていた。原因は資源依存型経済から脱却し、経済の多角化を図ることができなかったことだ。汚職体質、中央集権構造もビジネスの新規参入を阻み、そのひずみはすでにウクライナ危機が起こる前の2014年初頭には各地で現われていた。

 振り返ると、プーチン氏はこの構造不況が確実に到来することをにらみ、第3期目に就任した2012年の時点で先手を打っていたように思える。ロシアには欧米型社会とは相いれない独自の伝統社会があると何度もアピールし、改革派の取り締りやメディア規制の強化、外国のNGOの締め出しのための法整備を進めた。そして、経済の低迷という政権の求心力を失いかねない状況から、人々の不満や関心をそらした。

 すなわち、それは国民の愛国心を鼓舞し、冷戦時代と同様に敵国の脅威を鮮明にすることだった。国内の反体制派に対しては、ソ連時代に使っていた「裏切り者」を意味する「第五列」呼ばわりする。弾圧も進める。今年2月、クレムリンのすぐそばで何者かに暗殺されたボリス・ネムツォフ副首相(享年57)ももれなく「第五列」のレッテル張りをされた。そうして、あらゆる逆境の理由に「欧米がロシアを陥れようとしているのだ」という漠とした雰囲気を醸成した。

 ところが、15年春を過ぎたあたりから、極端なルーブル安が緩和され、石油価格も上昇に転じた。このことからロシア国内でも強気の発言も飛び出すようになった。西側が試みる対露制裁は大きな打撃を与えない、というのだ。

 6月19日、「ロシア版ダボス会議」と言われるペテルブルク国際経済フォーラムで、ロシア外務省人権・民主主義・法の支配問題担当のコンスタンチン・ドルゴフ全権代表は、会場に多くの外国の企業経営者らが参加した事から、「経済面などでロシアを孤立化させる試みは失敗しつつある」と語った。